三菱自動車への支援問題、ダイムラークライスラーが会見で…

◆三菱自動車への支援問題、ダイムラークライスラーが会見で事情説明

ダイムラー・クライスラーのマンフレート・ゲンツ副社長が電話による異例の記者会見の中で、「金融支援をしない理由は、株主に利益を還元する責任を果たしていく上で投下する資金に対する利回りは十分ではないとの判断に達した」 と説明。
<2004年04月23日号掲載記事>
——————————————————————————–

今週号では弊社・長谷川の記事も三菱自動車関連となるが、自動車業界にとっての重大性に鑑みて重複をお許しいただきたい。

ここでは、三菱自工自身の問題点だとか再生の可能性だといった話には一切触れず、1998年に大西洋をまたいだ世紀の大合併を実現し、自動車業界再編の引き金を引いたダイムラークライスラーという自動車会社の投資戦略上の課題をレビューしてみたいと思う。

今回の問題では、「外資の冷徹さ」が強調されることが多い。同じく4月23日号に掲載されているJR東海の葛西社長の「三菱自動車問題は、外資との提携がうまく行く場合も、行かない場合もある(という)ひとつの事例」というコメントもおそらくその文脈にあるのだと思われる。

引用したゲンツ副社長の記者会見でのコメントも、投下資本利益率や株主に対する説明責任を最重視したものであり、その意味で「外資は冷徹」とされるのであろうが、別にそれ自体は日本企業でも当然のことである。三菱グループ各社が同義的責任や社会的責任との間で躊躇されているのも正にこの点であり、資本の国籍は関係ない。

寧ろ、個人的に気になるのはダイムラークライスラーに行き過ぎた「外資としての冷徹さ」があることではなく、投資に関して「自動車製造業としての専門性」が不足していたのではないかと思われることである。
生産販売台数で世界トップレベルにあるだけでなく、世界中の人たちの憧れでもあるようなブランドを持つ自動車メーカーに対して大変失礼な物言いだが、クルマ作りに関しての話ではない。投資に関してということである。

上記のゲンツ会長のコメントを読み返してほしい。CFOという立場を考慮したとしても、(自ら自動車を製造販売する事業会社という)戦略的投資家、シナジーバイヤーのコメントというよりは、Private Equityファンドや銀行のような金融投資家や、保険会社のような機関投資家のコメントに聞こえはしないだろうか。

私どもも仕事柄、製造業のM&Aにビジネスデューディリジェンスやプロジェクトマネジメントオフィスの立場で関わらせていただくことがある。一言で言えば買収監査の際に買い手サイドについて色々事業評価のお手伝いをする役割だ。 その際に金融投資家と戦略的投資家とでモノの見方に根本的な違いがあることを感じている。誤解を恐れずに単純化して言うと、金融投資家はアウトプットを中心に見るのに対して、戦略的投資家はインプットを重視する。

一般に製造業ではQCDが競争力の源泉だが、これらはいわば成果物、アウトプットである。それらを生み出すインプットが5M1I(Man、Machine、Material、Money、Method、Information)である。金融投資家の買収監査では、知識や経験の不足に加えて、仮に定性面で将来の成果物に影響を与えそうなものを発見したとしても自らが短期的視点での投資であるから時期や効果の不透明なものは退けて定量化しやすいもの・目に見えるものを評価軸に置かざるを得ない。
従ってどうしてもアウトプット側から企業価値を評価しようとする傾向がある。
それはやむを得ない。短い期間で、しかも自分自身で事業そのもののアウトプットを生み出したり、変えたりすることは意思的にも能力的にも限界がある人たちなのだから。

それに対して同種または近接する事業を行っている戦略的投資家の買収監査の視点は、こういうヒト、設備、素材、手法や、指示命令系統や牽制監視制度を持つ企業ならどのようなアウトプットを生み出す能力(積極的成果物)やリスク(消極的成果物)を潜在的に持っているかを評価しようとする。そのためには知識や経験が必要となるし、人も時間もお金も要するうえにどこまで行っても定性的な評価しかできず、長期的には成果が出るにしてもいつ、どのくらいという問いに答えられないことが多々残る。
こういう人たちはそれでいいことが多い。インプット状態を正確に知ることができればアウトプットは自らの関わり方次第でどうにでも変えることができるのだから。

どちらの投資家、どちらのアプローチが正しいというのではない。自らがどんな買い手で、その後何をしようとするのかという性格付け次第である。
戦略的投資家が金融投資家と同じアプローチで買収監査を行い、その後の企業統合過程でもアウトプットを変えるような戦略的投資家らしい関わり方を放棄してしまったら金融投資家と同等、またはそれ以下のアウトプットしか得られなくなる可能性があると言っているに過ぎない。

今回のダイムラーの三菱自動車への投資とExitに関して疑問を呈したのは、正にこの戦略的投資家としての買収監査や企業統合の視点である。

三菱自動車への投資にあたり、戦略的投資家としてダイムラーは買収監査で三菱の人事・組織、意思決定メカニズム、業務プロセスや指示命令系統や牽制監視体制をどれだけ調査し、どこに何を発見していたのだろうか。 また、そこで発見された事実を将来どのようなアウトプットを生むものと評価して、アウトプットを違ったものにするべく何を行ってきたのだろうか。

ダイムラーの三菱への出資が決まったのは2000年3月。前年にはルノーと日産の資本提携が決まり、現三菱ふそうがVolvoとの提携交渉を始めている。デューディリジェンスに十分な時間が取れたであろうか。 リコール隠し問題が発覚したのは2000年7月。翌年エクロート社長就任とともにターンアラウンド計画が発表され、同年発売のekワゴン発表時には「クォリティ・ゲート・システム」をダイムラーから導入したことが発表されている。その内容は「開発の各ステージごとに品質の達成度を厳しくチェックしてから次に進む」というものだが、新規開発モデルだけでなく過去に開発・発売されているモデルの開発・実験・クレームフィードバックの体制やシステムはどれだけレビューされたのであろうか。

いずれも世界トップクラスの自動車メーカーとして本業の専門性が最大限に発揮されるべき部分であった。

<加藤 真一>