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ISM(インストア・マーチャンダイジング)入門(2)
スーパーやコンビニなどの異業種小売業態で活用されているマーケティングテクノロジーを自動車業界で応用できないかを全5回のシリーズで考えてみようというコーナーです。
第2回の今回は、「自動車小売事業とISMの親和性」をテーマとします。
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前回の「ISM って何?」の中で、ISM というのは、顧客の来店後レジに並ぶまでの行動を分解し、各々の要素でお客様に刺激を与えて各指標を改善させ、最終的に「買上客数」や「買上個数」を増大させるための活動のことだ、と述べました。
しかし、コンビニやスーパーなどの業態には当てはまっても自動車小売業(新車ディーラー)とは様相が異なり、どれだけ活用の余地があるか疑問に思われる方も多いだろうと予想されます。今回は、自動車小売業と一般小売業の違いや共通点に触れながら、応用の余地について述べたいと思います。
1.相違点
違いは 3 点に集約されるでしょう。第一に自動車は店内購買決定比率が低いこと、第ニに自動車はパッケージセールスが難しいこと、第三に日本の自動車小売業特有の事情があること、です。
(1)自動車は店内購買決定比率が低い
商品は消費財と産業財に分類され、うち消費財は一般に消費者の購買特性に応じて、最寄品、買回り品、専門品の三つに分類されます。(第四の消費財として生命保険、百科事典、葬儀場のような非探索品があります。消費者が積極的に購入意欲を示さない商品のことですが、ここでは除きます。)
●最寄品というのは、
消費者の購買頻度が高く、購買に関する意思決定時間が短い商品で、日用品、食品、石鹸、雑貨などが含まれます。いつか必ずどこかで購入しなければならない商品ですが、予めいつどこで買うか、どのブランドを買うかということをきちんと決めている商品ではありません。(この分類に入るタバコや新聞ではブランドが決められていることもありますが、一般的にはあまり明確ではありません。)お店に行ってみて、はたと気付いて買う、パッケージや価格や陳列を見て衝動的に買う、もしくは逆にいつもの習慣で買ってしまうという類の商品で、統計的には計画購買比率 20%、店内購買決定比率が 80% と言われる商品です。
●次に買回り品とは、
いくつかの店舗を訪れて比較して購入するような商品を言います。衣料品や家電製品などが該当します。(ビックカメラやヤマダ電機は買い回りの手間を省くために行くところですが、買い回りをした結果、このお店が一番安いという経験が刷り込まれているはずで、頭の中では買い回りを行なっていることになります。)買回り品の価格は一般的に最寄品よりも高く、価格や陳列に加えて、機能や品質が重視されます。いつ、どこで、どのブランドを買うかについてはぼんやりしたイメージがあるものの、来店してみて買う気のなかった商品や、来店前にイメージしていたのとは異なるブランド、性能・仕様、価格帯の商品を買ってしまうことがあります。逆に、買うつもりで来たのに来店後に結局購入を止めるとか延期するということも起きます。
●最後の専門品というのは、
一般的に専門店で売られる高額品で、購買頻度が低く、購買意思決定に到る過程が複雑で時間を要する商品を指し、宝飾品や不動産、高級家具等が該当します。ほぼ全ての来店客は明確で具体的な購入意思を持っており、来店前の想定と全くポジショニングの異なる商品が買われることはまずなく、逆に来店後に購入意思を喪失または延期することも殆どありません。(仮にそのお店では買わなくても、別のどこかのお店で、予定通りの時期に、同等品を買うのが普通です。)
スーパーやコンビニで扱っている商品は、基本的には言うまでもなく最寄品です。では、自動車という商品はどれに該当すると思われますか。
そう、専門品です。
ISM の一つの目的は、来店客に店内購買決定を促し、買上客に転嫁させるための仕掛けを用意することなのですが、属性として店内購買決定率が低い商品には、ISM は馴染みにくく、効果が現われにくいとされます。ISM というものが、スーパーやコンビニには馴染んでも何となく自動車小売業には当てはまらないような気がする、という気持ち悪さはここから来ているのです。
(2)自動車はパッケージセールスが難しい
ISM では、買上個数増加のための諸施策を考えます。そのために単品買いでなく、2個、3個とまとめ買いを促す仕組みを考えたり、お目当ての商品以外の想起購買、関連購買を促す仕掛けを用意することは前回述べました。
最寄品、買回り品に限らず、専門品でも宝飾品なら確かにリングの他にブレスレットを付けた割安なパッケージを用意するとか、時計もペアで買うとお得といった設定が可能です。
では、自動車の場合はどうでしょうか。同じ車 2台セットにして割安価格を設定してもあまり効果的とは思えません。自動車と洗濯機のパッケージを作っても多くの人が単品買いを好むでしょうし、自動車小売店側にとっても得意な領域でも旨みのある領域でもないでしょう。
そうなると、ISM が力を発揮できる場所はかなり限定的なものになってしまいそうです。
(3)日本の自動車小売業特有の事情
ISM の要は、品揃えと陳列による買上客数と買上個数の拡大にあります。
ところが、陳列という意味では、日本の土地事情や、多少時間が掛かってもディーラーの在庫車よりも工場ラインからのおろし立てを望むお客さんの嗜好等もあって、商品は店頭に並んでいるのではなくカタログに並んでいるだけです。陳列で勝負というのは難しい面があります。
さらに悪いことに、同じ専門品に属し、パッケージセールスが難しいこと、店頭に実在庫がないこと、という意味では同類の不動産仲介業にあって、(日本の)自動車小売業にないもの、同じ自動車小売業ながら米国にあって日本にないものが存在します。
そう、メーカー、ブランドを跨った品揃えです。
品揃えでも陳列でも工夫の余地がなければ、どこで ISM を活用するのか、という根源的な問題にぶつかることになります。
2.共通点とISMの活用の余地
確かに相違点は多々ありますが、同じ小売業としての共通性、ISM の活用の余地はないのでしょうか。あるはずです。実際に「独立法人 雇用・能力開発機構」では、「雇用環境改善のために産業・業種の置かれている現状や課題を捉えて課題解決に向けた対応策を体系的に示す」という目的で、50 の業種について「標準事業体系図」なるものをまとめているのですが、その中で「自動車(新車)小売業」の課題として、「ISM の研究」が取り上げられています。
(1)第一に、店内購買決定比率が低いという問題に関してです。
店内購買決定率が低い専門品だと言っても、全てのお客さんがローン期間中や車検残が残っている限りは新車に買い換えないということはありません。魅力的な新車が発売された、面白いイベントがあった、修理や整備のついでにショールームに立寄ってしまったというお客さんもいるはずですし、寧ろそのような仕掛けをどこのディーラーでもやっていると思います。
そういう人たちに対して実は代替のハードルが低いことを示し、衝動買いを促すことで、店内購買決定率を高めることは可能です。また、そうした活動は、ISM の一つということができます。例えば、今なら下取りが高く取れるのでローンの残債が整理できる、寧ろ車検が切れるのを待つよりも今手放した方が有利だ、といった材料は、代替のハードルを下げ、衝動買い、即ち、来店客の買上客化を促します。
いや、自動車の場合はクロージングプロセスが長いから、来場当日に店内で契約書にサインということにはならないとおっしゃるかもしれません。勿論、その通りですが、訪問販売が 6 割を占める日本の場合は、元々「店内」の概念が営業マンそのもの、営業マンの活動範囲まで広がっていると言うこともできます。広い意味での「店内」購買決定率を見てください。
ISM の活用余地という意味では、来店客が購買意思の強いシリアスバイヤーであることが強みになります。いくら仕掛けを用意しても購買意思の弱い顧客や商品では効果も薄くなります。自動車の場合は、車を買う意思は固い、でも一度店外(広い意味での「店内」の枠外)に出たら、もう帰ってこないかもしれないというお客さんです。しかも、下手をすると今後 5年間来店しないかもしれないという極少頻度来店客です。ISM の価値とやり甲斐はより高いとも言えるのではないでしょうか。
(2)第二に、パッケージセールスが難しいという問題に関してです。
さすがに車2台をセットで販売するのは難しいでしょう。
でも、自動車とセットで販売できる商品が本当にないかどうか、店内をよく見回してみてください。アルミホイールや、スタッドレスタイヤや、カーナビや ETC 、HID フォグランプやチャイルドシートもあります。STEP WGN や WINGROAD にはエアロパッケージも定番です。
もっと言えば、自動車ローンや自動車保険、延長保証契約もあれば、G-Bookの通信契約や「こするかも保証」もあります。
さらに言えば、車 2台をセット販売することだって出来ないとはいえません。地方であれば、ご主人と奥様、息子さんと娘さんの 4台を保有する家庭も普通です。時間的格差をこの際忘れて、2台目、3台目を 1台目と同じお店で買っていただく仕掛けを考えるのも広い意味での ISM ということができるのではないでしょうか。
(3)第三に、日本の自動車小売業特有の問題に関してです。
これは確かに確かに厳しい問題です。
品揃えという意味では、昨今、中部地域などでメガディーラー出現の兆候が見えるものの、まだ米国のように本格的な Dual (複数ブランドを同じショールームで展示し、同じセールスマンが販売)や SSR (ショールームとセールスマンは別だが、サービスショップや部品庫他のバックオフィスは共通)は、日本には(業販店を除けば)存在しません。
在庫販売が買い手からも売り手からも望まれていないことにも変化ありません。
これが日本の自動車小売業における ISM の制約条件として割切るしかありません。しかし、限界があることと不可能とは異なります。
繰返しになりますが、自動車ディーラーの店頭にお客様が来てくれる頻度はきわめて低い一方、来店時の購買意欲は極めて高いお客様であり、逃すにはあまりに惜しい人たちなのです。
限界を承知で、できることを全て試みる価値と必要があるのではないでしょうか。
次回は、こうした制約条件も踏まえた上で、ISM の前半部分である「買上客数を増やすための仕組み」の自動車小売業態での応用を考えます。
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<加藤 真一>