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ISM(インストア・マーチャンダイジング)入門(4)
スーパーやコンビニなどの異業種小売業態で活用されているマーケティングテクノロジーを自動車業界で応用できないかを全5回のシリーズで考えてみようというコーナーです。
第4回の今回は、「自動車小売業における来店客の買上客化 後編」として、「商品視認率」と「商品買上率」の改善をご一緒に考えていきたいと思います。
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本題に入る前に、ざっと過去 3 回を振り返ってみます。
(1)スーパーやコンビニなどの小売業態では、ISM (インストア・マーチャンダイジング)と呼ばれる、来店客の行動を分解して各々のポイントで店舗側が「品揃え」と「陳列」の面で効果的、効率的な刺激を与えることで、「買上客数」と「買上個数」を増やすための仕掛けが展開されている。
(2)スーパー、コンビニと自動車小売業態の間では扱う商品の購買特性(店内購買決定率の低さ)、パッケージセールスの難しさ、日本の自動車小売業特有の事情という違いが制約条件となって単純な応用は難しい。
(3)しかし、自動車小売業においても店内購買決定やパッケージセールスは実際に存在しているうえに、購買意思が強くて来店頻度が極少ゆえに ISM を活用する価値と必要性はより大きいとも言える。
(4)制約条件は認識しながらも何とか ISM 応用の余地を、できるだけ具体的な施策例に落とし込みながら検討していくことにする。
第3回では、ISM の基本公式を使って、「来店客の買上客化」のうち、「動線長」と「売場立寄り率」の向上のための施策例を見てきました。そのためには、思い切ってショールームと売場(商談コーナー)の分離もひとつの方策として提示し、プル型の手法を使った売場立寄り率の向上を検討してきました。
今回は、「来店客の買上客化」の後編、それも「買上度数」向上の仕組みと並んで、ISM の中核である「商品視認率」と「商品買上率」の向上のための施策例を見ていくことにします。
●商品視認率を上げる
第一回で述べた通り、ISM の本質は、「各種のデータ分析に基づき、品揃えと陳列を工夫することで、来店客数に対する買上客数の比率や、買上客数あたりの買上金額の比率を拡大すること」にあります。そのためには、見せ方、専門用語で言えば、「棚割(プラノグラム)」によって商品視認率を向上させることが重要なので、これが ISM のキモの一つになるとお話しました。バーデュー大学のオーストリー教授の「見られなければ買われない」という名言もこれを指したものです。
棚割の重要性を示すものとして、スーパーでは、同じ製品なら棚の左側に置くよりも右側に置いた方が 1.6~ 1.9 倍売れるというデータがあります。人間の目線の流れは左から右に流れ、そこで止まる習性があるためだと言われています (大槻博「店頭マーケティングの実際」)。
また、乳製品メーカーは自社製品を野菜売場の端から 1.5~ 2mだけ離れたところに配置してもらうようにマニュアルに書いていると言います。なぜかというと、野菜売場を離れて 1.5m の間は、「野菜の買い忘れはないかとか、今買った野菜は少し鮮度が落ちていたので、取り替えるべきか、等と前の売り場のことを考えているため」で、逆に 2m 以上離れるとパワー品目である生鮮 3 品との相乗効果が落ちて買い忘れが発生しやすいためだそうです(同上)。
そのくらい棚割による商品視認率のコントロールは、一般小売業態では重要なのですが、自動車小売業態(特に日本の)においてその重要性が認識されることはあまりありません。おそらく二つの理由があると思います。
(1)日本の自動車小売業はメーカー資本が多い上に、専売制が確立している。
(2)日本の自動車小売業はカタログ販売が中心で、在庫販売ではない。
(1) ISM を小売業の立場からではなく、メーカーの立場から見た場合に最も重要な公式は、(メーカーの)売上高=商品力X広告力X陳列力、でしょう。このうち、商品力と広告力は、メーカー自身のコントロールがかなり効く世界ですが、最寄品の世界では実はそれら二つはあまり影響力を持ちません(商品の差別化が難しい上に、何万点もの商品を扱う小売店のチラシの中で 影響力のある Share ofVoice を確保し続けることは不可能なため)。
これに対して、最寄品の場合は、店内購買決定率 80% が示すように陳列力が売上のかなりを左右するにも拘わらず、その主体は、メーカーとは利害関係が必ずしも一致しない、小売店チャネルという第三者資本任せになってしまいます。
花王やカルビーなど、商品力も広告力もある企業ほど熱心にリテールサポートに乗り出し、陳列力の強化、棚割の確保に力を入れている理由は、チャネルの支配力を持っていないからこそだと言えます。
ところが、日本の自動車小売業の場合はどうでしょうか。
「東京トヨペットのショールームをホンダのモデルが占拠していてトヨタ車が入り込む余地がない」等といった事態はありえません。それは極端にしても、純正品よりも収益性の高い優良部品のプラグやバッテリーが新車ディーラーの部品棚の大半を占めているかといえば、それもあまり見かけません。
自動車産業特有の力関係に加えて、多くのディーラーに、メーカーの資本や OB が入っていることも関係しているのでしょう。メーカーがチャネルコントロール力を持つ専売的流通政策がほぼ完全な形で実施されている自動車小売業態においては、「棚割」はそれほど重要性を持たないという見方もあながち間違ってはいないでしょう。
(2) 同じ自動車小売業でも、米国のような在庫販売の市場では棚割は重要な要素になります。広大なストックヤードの中で、どこにパワー品目もしくは長期在庫車を置き、その周りをどんな商品配置とするか、全体の色彩感はどうか、商品の間隔、向き、配列はどうか、等陳列の巧拙が実際に売上に大きな影響を与えます。(勿論、米国では他銘柄も並んでおり、陳列次第でブランド間の売上格差が生じます。)
しかし、日本の場合は、土地事情や消費者の嗜好、行政手続上の理由等から、販売用の在庫を多数抱えて、その中から即納車を販売していくということは殆どなく、大半は受注生産方式になります。となると、棚割以前に陳列すべき在庫といってもショールームの
デモカー以外には殆どなく、そんな環境では商品視認率は大した意味を持たないのではないか、というご意見が出てくるのも肯けます。
しかし、それらはいずれも「物理的な売場スペースの中で、自社の商品をどれだけ沢山お客様の視覚に入れるか」が棚割や商品視認率の中心課題であるという前提に立った議論だと思われます。確かに、最寄品の場合はそれが殆ど全てになってくるのですが、自動車という商品、日本の特性を踏まえると、「視認」や「棚割」の概念を少し拡張してみてみないと実用性のない話になってしまうと思われます。
◆自動車という商品における「視認」とは
「自動車という商品を視認する」こととは、TVCF やカタログで商品を見るとか、ショールームや実車シミュレータで商品に触れてみる、ということにとどまるものでしょうか。
それらの媒体や方法で視認される商品とは、機械としての商品であって、効用としての商品ではないと筆者は考えます。
どういうことかというと、自動車という複雑な商品の場合は、最小回転半径 4.9m とか、グランウンドクリアランス 210mm というカタログスペックを視認してもらっただけでは、その効用がお客様に伝わったことにならないと思うのです。
薄型の TV の購入を考えてみてください。D4 端子が付いているとか、奥行きが 10cm という説明だけで製品の効用が理解できる人がどれだけあるでしょうか。それによって画像がこれだけ美しくなるとか、室内空間にこれだけの余裕が生れるとか、その結果こういう部屋の演出が可能だという効用こそが重要なのではないでしょうか。
自動車は、もっと高価で、もっと色んな場面に同行する商品ですから、効用をもっと大きく、多様な形で見せて初めて「視認」になると思われます。その自動車がどんな街並み、生活シーンやライフスタイル、ライフステージに相応しいのか、実際にどんな人たちが買ってどんな場面でどんな使い方をして、どんな点をどのような理由で評価しているのか、そうしたこと全てをお客様の視点で「視認」してもらう必要があると思われます。
そうした情報をディーラー自身の取材と編集で作れるはずですし、それらがお客様の目に触れるように、売場に上手に配置しておく方法があるでしょう。しかも、もっと効果的な方法があります。
日本では、店頭に在庫がないことはお客様にも前提になっていますから、商品の見せ方はリアルでなくてもバーチャルでも構わないわけです。ということは、PC 端末をうまく活用して、ある車種をカスタマイズさせる、オプションを装着したり、カラーを入れ替えてみると、どんなスタイルになるのか、それをお客様のご自宅付近の風景に置いてみると、どんな風に映えるのか、ご家族の表情を乗せてみるとどんな印象になるのか、等バーチャルで色んなことを「視認」してもらえるのです。
ところが、実際に現場を訪れてみると、多くのディーラーがカタログスタンドを置いているだけで、しかも実は品切れ、テーブルの上に自動車雑誌が置いてあるが、中身はジャーナリストのゼロヨン試乗記のみ、PC端末が置いてあるがコンテンツはクロージングプロセスと全く関係ない中古車在庫検索機能だけ等、およそ商品の「効用の視認」という視点とは縁遠いのが実態ではないでしょうか。一度、お客様の視点で効用を訴求する方法を再検討してみる必要があると思います。
◆日本の自動車小売業態における「棚割」とは
第 2 回で触れた通り、訪問販売が中心の日本では、「売場」とか「店内」の概念を営業マン自身、またはその活動範囲まで広げて考える必要があると思われます。
この場合、営業マンは「売場」に代わって、商品の効用をお客様に「視認」していただくという責任を負うことになります。当然、それだけの知識、素養を持ち合わせた人材スペックでなければなりませんし、店内と同様のバーチャルプレゼンテーションのインフラを装備している必要があります。ある意味で、営業マンを活用した棚割(プラノグラム)とも言えます。
そのためには、従来のように商品知識やクロージングプロセスだけをトレーニングするだけでなく、多様な価値観、生活シーンやライフステージのあり方そのものや、それを商品面からどう支援できるかという構築力や提案力を教え込んでいく等、従業員教育のあり方ややり方そのものの見直しが必要になるでしょう。
それも、属人的なものに依存するのではなく、より KM (ナレッジマネジメント)や CRM (顧客リレーションシップマネジメント)を活用したチーム・オペレーション、SFA (セールスフォース・オートメーション)に展開できるように、IT のインフラやフォーカスを変えていくことも必要になると思われます。
このようにして、営業マンをも含めた意味での棚割の工夫により、売上に繋がる実質的な意味での商品の視認率を向上させることが可能ではないかという一つのご提案です。
●商品買上率を上げる
第一回で触れたとおり、どれだけ気に入った商品であっても、最終的にその商品を買い物カゴに入れる前に人はもう一押しを必要とするもので、スーパーなどの業態では「歯医者さんの 8 割が進める」等の POPが有効とされています。他にショウカードというものもあります。例えば、精肉売場に「焼肉の後には口臭予防を」というメッセージを付けてガムを置く、等の手法です。
自動車の場合であれば、こんな POP があってもいいと思います。
●世田谷、杉並の年収 1 千万円以上の家庭で最も人気のモデル。
●松島菜々子がドラマ「●●」で使用したのと同じ限定カラー。
●小学生以下のお子さんを持つ父親の安全性評価でナンバー 1。
●一日コーヒー一杯分(もしくは携帯電話代並)のコストで手に入るモバイルコミューター。
●燃費節約額は年間 11 万円(今のお車の燃費 10km/ l、この車の燃費20km/l、年間走行 10,000km の場合)。
しかし、さすがに自動車の場合には、POP やショウカードだけで買上率が急上昇するということはないでしょう。もっと有効なものとしては、代替のハードルを下げることではないでしょうか。
前回、売場立寄り率の向上の目的で、お客様のお車の査定を提案してみることをサンプルとして提示しました。この回答を持ってくるときに一つ工夫をしてみたいものです。例えば、単に査定表を持ってくるだけではなく、以下のようなものを一緒にお持ちするのです。
●このままあと 3年間、今の車に乗りつづけた場合のオーナーシップコスト(燃料代、駐車場代、保険料、車検整備代・諸費用、自動車税、下取り額)と、いまの車を下取りに出して新車に乗り換えた場合の今後 3 年間のオーナーシップコストの比較。
●今の車のローンの残債減少カーブと、下取りまたは買取価格の下落カーブ。
●今の車の走行距離 1 万キロごと、または車検有効期間(またはメーカー保証期間) 1 ヶ月減少ごとの、下取りまたは買取価格の下落額。
●今後 3 ヶ月以内に新車に買い換えた際にのみ有効な 10 万円分のオプション購入クーポン。
●最近新車に代替した人の成功体験記(商品視認率向上の仕掛けで触れた点を十分考慮した上で)
こういうデータやオファーを見せ付けられると、もともとは購入の意思が強くない方でも少しは新車買い替えを意識するようになると思います。 少なくとも、営業マンを不要なものを売りつける敵としてではなく、より有利なカーライフを創造するためのアドバイザーとして考えてみる気になってくれるのではないでしょうか。日本では営業マンは売場の一部ですから、そのことだけでも既に商品の視認率、買上率の向上に一役買っていることになります。
最終回の次回は、「買上度数の向上と総まとめ」のテーマでお話します。
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<加藤 真一>