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欧州委員会、自動車の外装部品市場を自由化する法案が承認…
◆欧州委員会、自動車の外装部品市場を自由化する法案が承認される可能性
ドイツやフランスでは、外装部品に「意匠保護」制度を適用、寡占状態に
<2004年09月06日号掲載記事>
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EUでの議論はいつも企業経営上の示唆に富んでいる。
今回も、利害対立が生じたときにどのように対処するか、という点で重要な問題を提起していると感じられる。
EUは、ボンネットやフェンダー、バンパー、ラジエータ・グリル、ヘッド・ライト、テール・ランプ等、外装部品の意匠権を 5年以上(最長 25年まで延長可)の期間にわたって法的に保護しているドイツ、フランス等の国々と、イギリス、イタリア、フランスなどそうした保護規制を持たない国々とに二極分化している。
一方で、EU は域内調和(Harmonization)を課題にしており、異なる二つの法的な考え方や制度を調和統合する必要性に迫られている。調和統合の際に用いられる概念、価値観が市民、消費者の利益、公正自由な競争と、EU としての国益、の 3 点である。
今回の議論は、裁定の役割を担う欧州委員会が保護規制の緩やかな英伊側に揃えて今月にも意匠権を廃止し、消費者利益を向上させようとしていることに対して、独仏と欧州自工会(ACEA) が猛反発しているという構造である。
ここで「消費者利益の向上」が登場してくるのは、この保護規制の結果として外装部品市場が純正品とライセンス品に独占されており、自由競争に基づく消費者の低価格品へのアクセスが不当に制限されている、特に保護の対象となっている外装部品の需要の 80% は(保険による)事故修理・交換によるもののため、保険料の高止まりの原因になっている、という理屈によるものである。
これに対して反対側(ACEA 等) は、主に次の 3 点を取り上げて強い不満と反対を表明している。(これ以外にも ACEA は、独占状態の認識の違いや、インパクト・アセスメントなど EU で定めた手続における不備などの技術論も指摘しているが、ここでは割愛する。)
(1)意匠権保護を緩和しても保険料が下がるとはいえない。
1988年に保護を撤廃した英国では逆に保険料が高騰している。
(2)フリー・ライダー(ただ乗り)の増加と部品の品質や安全性能の低下を招く。
規制緩和の結果、想定されるのは中国、台湾、東南アジアやブラジル、アルゼンチンからの海賊部品、コピー製品の流入である。
コピー製品は、知的財産権の尊重や、他の構造部品とのマッチングや、衝突安全性能への配慮や投資がない分だけ安いが、これはフリー・ライダーを利する社会を構築することになり、消費者利益にも反する結果を招く。
(3)国際競争力の低下を招き、国益(EU を国家とみたとき)に反する。
日本は 15年間意匠権を保護しており、米国も連邦レベルでは保護していないとはいえ州ベースで保護規制を持っている。
意匠権の保護は、デザインへの投資に対する安全・安心を裏打ちするものであり、欧州一人が法的保護を外すことは、欧州の車体デザインへの投資意欲を損ない、ひいては国際競争力低下を招く。
要するに、消費者の利益にも、公正自由な競争にも、国益にも貢献せず、EU調和統合の基本原則に反するものだから反対、という理論構成である。
個人的な見解を言えば、筆者も基本的にはACEA支持の立場である。
先週の Vol.29 (https://www.sc-abeam.com/library/)で
Ford のグローバル・コントラクトがサプライヤーの知的財産権を軽視していることに関して異論を述べた通り、知的財産権に対してはとりわけ慎重な扱いをしていかないと、自動車産業の持続的発展は望めなくなる。
特に外装部品に関して、いま求められる役割は本誌 Vol.24 でも取り上げた
(https://www.sc-abeam.com/library/をご参照いただきたい)ように歩行者保護性能や、部品リサイクル(ドイツメーカーは廃車を無料で引き取らされている)への投資であって、その投資が報いられなくなるような立法や行政は近視眼的であり、危険ですらあると思う。
また、保険料の引下げと調和が EU 市民にとって死活的利益と認識されているとは思えないし、仮にそうだとしてもその手法が意匠権の廃止というのは飛躍であって他にもっと適切な方法を検討すべきである。
また、保険料を抑えるためには保険金支払額に上限を設けたり、免責金額を設けることの方が有効だという説もある。保険会社自身の効率改善、事故査定や修理作業の手順の監視能力を高めることも重要である。一方、ACEA の側も反対するだけでなく、修理代や保険料引下げや流通段階での競争を促すために何らかの提案をすべきであろう。例えば、リユース部品の流通や使用を促すための仕掛けとか、整備工場や保険会社に対する効率的な修理、査定手順のトレーニング等は業界側で実行可能な提案である。
しかし、ここではどちらの立場を支持するかということよりも、企業経営に対するインプリケーション(暗示)の方を考察してみたい。
このように当事者間で利害が衝突した場合の解決策である。
この議論の中には、加盟国、事業者(OEM、サプライヤー、自動車保険、整備工場、部品商、正規ディーラー)、消費者といったステークホルダーが存在し、それらの間に複雑な利害対立構造が存在する。
さらに、配慮しなければいけない価値観や権利として、域内調和、消費者利益、公正自由競争、国益、知的財産権があり、政策変更によって発生する各当事者間や各利益間の犠牲と利益のバランスも考慮しなければいけない。
その解決手法として、トップダウン的な仲裁・決定の方法もあれば、話し合いによる和解・妥協という手法もある。
今回、欧州委員会は、域内調和と消費者利益を最優先し、トップダウンの手法で一気に乗り切る構えを見せているように思われる。
最終的には株式の議決権(の比率の大小)によって利害衝突への解決手段を持つ一般企業と異なり、加盟国間対等の原則に立つ EU は組合に近い形態であるがゆえに意思決定に時間を要する。だからこそ、話し合いによる解決を待っている間に失うものがあまりに大きいような緊急性の高い事項や、利害の一致がありえないような複雑な問題に対しては、執行部一任による意思決定が必要となる局面があるのだろう。
しかし、一般の企業で利害衝突の都度、トップの判断を仰ぎ、鶴の一声で全てが決するような意思決定手法を取ることは、現実的でもないし、他の役職員の納得感や貢献意欲、当事者意識を削ぎ落として最終的には企業の活力を落とすことになる危険性が高い。
こうした場合に威力を発揮するのが、何のために、誰のために、この会社は存在するのかというルール(国で言えば憲法、企業で言えばミッションやビジョン、企業理念)を定めて、周知徹底しておくことだろう。
EU の場合は、域内調和と消費者利益がそれにあたるのかもしれない。他に考慮すべきものが色々あったとしても、もともと EU の市民が国境を跨いで最重視する価値観、どんな国づくりをしたいのかという共通目的、どんな国の市民でありたいのかというビジョンがそこにあり、そのことを市民が強く認識しているということであれば、最終的には納得感は損なわれないだろう。プロセス的には鶴の一声による決定になったとしてもだ。
しかし、少なくともそうしたミッションやビジョンが共通の認識として存在していないとか、あっても浸透していないという国や会社の場合は危険だ。
トップの決定がロジカルな思考プロセスに基づくものであっても、トップの
単なる思い付きだとか、その場の気分で決定されたものと受けとめられる可能が高い。バーナードによれば、組織の成立には、共通目的、貢献意欲、コミュニケーションの 3 点セットが必要とされるが、コンフリクトの解決においてこの 3 点セット(に遡ること)は有効であろう。
<加藤 真一>