米大手デジタル・エンジニアリング・ソフトウェア会社 UGS…

◆米大手デジタル・エンジニアリング・ソフトウェア会社 UGS の経営陣が投資ファンドによる同社買収に対する評価を表明(デジタルと金融投資家の呼び込みによる自動車業界のイノベーション)
<2004年11月15日付Automotive News掲載記事>
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自動車の開発・解析・実験・生産をデジタル的に支援、管理するソフトウェアとして「CAx」と総称される CAD/CAM/CAE/CAT 等がある。それらを使った製品開発をデジタル・エンジニアリングというが、IT リサーチ会社の Daratechの推計では、これらデジタル・エンジニアリングのソフトウェア市場は 2004年度に 86.5 億ドル(1 ドル=103 円換算で 8900 億円)規模に達する。

最大手はフランスの Dassault (ダッソー)でマーケットシェア約 24%、20.6 億ドル(同 2100 億円)、第 2 位はシェア 13% 、11.5 億ドル(1200 億円)の米 UGS であり、いずれも汎用 CAx ベンダーである。

UGS は、かつて米システム開発・運用会社 EDS (エレクトロニック・データ・システムズ)社の子会社にあり、EDS が 2001年に UGS と同業の汎用ハイエンド CAD ソフトウェア会社である SDRC (ストラクチュラル・ダイナミクス・リサーチ)を買収した後は、同社と統合されて EDS 社内で 「PLM ソリューションズ」という事業部門を構成していた。

この「EDS PLM ソリューションズ」が今年 5月に、Bain Capital をはじめとする 3 つの Private Equity Firm (投資ファンド)に 20.5 億ドル(2100 億円)で売却されている。今回の記事は、売却後「UGS Corp」という社名を与えられた新会社の代表取締役副社長 Charles Grindstaff 氏が、買収から半年を経て売買の対象となった会社の経営陣の立場から買収の意義を評価したものである。

その内容は、「今後コアビジネスの競争力を強化するために UGS を売却する」という昨年 6月の EDS 社の発表と矛盾するものではなく、驚くには値しない。「我々の事業部門(EDS PLM ソリューションズ)は、年商 10 億ドルに達しようとしていた(注:昨年の売上 8.94 億ドル、EBITDA2.15 億ドル、純利益 1.06 億ドルで、今年第 1 四半期には売上で前年同期比 14.8% 増、営業利益で10.3% 増と好調だった)が、他の事業部門で 200 億ドル(2 兆円)超の売上を上げている EDS にとってみれば採算のものさしに合わなかったのだ。」というものだ。

同時に、「サービス会社にとっては、R&D 投資という概念は理解しにくいコンセプトであり、我々は EDS の中では醜いアヒルの子だった。」と述べた後、次のように述べて今回の買収への肯定的評価と、新株主への信頼・期待を表明している。

「我々は初めて、(EDS 傘下にあった)この 12年間で初めて、現金勘定を綺麗にしようというのではなく、戦略を考えようという仲間たちを取締役会に迎えることができた。」
「UGS は公開を期待しているが、IPO を最優先課題とするものではない。3つの投資家たちは、5-7年間は UGS に付き合う計画である。」
Grindstaff 氏のコメントは、ややはしゃぎ過ぎ、もしくは新しい株主に対してこび過ぎという面も否めないものの本音であろう。UGS の一件を筆者は二つの面から注目したい。

第一に注目したいのは、汎用デジタル・エンジニアリング・ソフトが理解ある投資家を得て付加価値を高め、自動車業界にイノベーションをもたらす可能性についてである。

自動車業界では、かつてはトヨタの「CADETT」、日産の「α-CAD」、マツダの「GNC」等、自社開発のインハウス CAD が主流で、汎用 CAD を敬遠する傾向があった。また、多くの設計者は UGS や Dassault 等が得意とする三次元 CADではなく、「Micro Cadam」、「AutoCAD」等の二次元 CAD を愛用していた。
これは、当時の三次元 CAD がボディ設計で曲線(ワイヤーフレームデータ)や曲面(サーフェスデータ)を取り扱うにはレベルが低すぎたことや、ブーリアン演算もしくはソリッドデータと言われる固体形状が扱えるようになるまでは機能部品や機構部品の設計に三次元 CAD を使うと却って生産性が落ちるという現実があったためだと思われる。

しかし、二つの事実に目を向ける必要がある。
一つは、汎用三次元 CAD の性能が設計機能だけをとっても、インハウス CADや二次元 CAD と同等かそれ以上の機能や性能を持ち始めたという事実。
今ひとつは、かつてスーパーデザイナーとかカリスマ主査と言われた、設計・開発から調達、生産まで鳥瞰図的な視点で自動車の開発を見ることのできる人材や能力の減少という事実である。

第一の汎用三次元 CAD の機能・性能に関しては、意匠設計等の面では未だ不十分な点を感じる設計者もあるかもしれない。だが、今や生産性を設計だけの視点で論じることは企業の競争力を損なう恐れが高いことに注意したい。
「Time To Market」という視点が重要である。設計の後工程である解析、試作、実験、工程設計、調達等を含めた開発リードタイムの短縮が求められている。
時間だけではない。試作・実験を繰り返すコストを市場に転嫁する余裕はない。設計完了後の部材コストの削減には限界があり、シミュレーションの中で素材コストの削減を図る必要がある。干渉テストに失敗してから設計しなおすのではなく、予め手戻りのない、作りやすい設計をしなければいくら工数があっても足りない。
コンカレント・エンジニアリングとかコラボレーションと呼ばれるこうした課題を解決していくにあたって、過去の偏見や部分的な未完成を理由に汎用三次元 CAD の進化に目を背けていては本当に勿体無い。

第二の鳥瞰図的な視点での開発能力の低下は寧ろ経営課題ですらある。
この視点も二つに切り分けて考えなければいけない。一つは、昔と違って製品が高度化し、一方、社会の求めも複雑化する中では機能分業を図らない限り設計から調達、生産まで一人の人間が目を配ることはできないという質的側面である。
今ひとつは、多品種少量生産、世界同時開発が当然となり、開発力・開発効率が競争の焦点となる一方で、現下でも開発工数がボトルネックであり、中長期的には少子高齢化と工学部離れにより、エンジニアの絶対数が足りなくなるのは構造的に必然だという量的側面である。

これらの課題解決に外部資源を活用(それは自ら汎用 CAD の鳥瞰図的視点を利用してスーパーデザイナーやカリスマ主査どころか 2-3年目のエンジニアでも量産開発できる体制を取ることかもしれないし、汎用 CAD の利用により仕事を任せられるサプライヤーを増やすことかもしれない)して開発工数を捻出することは当然検討されるべきだ。(勿論、そのためには汎用CAD側でも一層完成度を高める努力が必要である。)

しかし、それはあくまでボトルネックの克服による量産開発プロセスの効率化、プロセス・イノベーションに過ぎない。日本の自動車産業が今後も世界最強の競争力を維持するためには、プロセス・イノベーションで捻出した開発力を、技術開発・市場ニーズの咀嚼等の先行開発に充てて、商品そのものの競争力を磨くプロダクト・イノベーションに結びつけていかなければいけない。
プロセス・イノベーションの段階で躊躇している余裕はない。

第二に注目したいのは、自動車業界にイノベーションをもたらす可能性のあるこの重要な業界に注目し、参入したのが業界内のプレイヤーではなく、投資業界のプレイヤーであったという点である。

EDS がコア・ビジネスとしている情報システム・アウトソーシングの世界市場は、米調査会社 IDC の推計では 2007年に 990 億ドル(10.2 兆円)に達するという。それに比べれば、CAx 市場は 2007年時点で 92 億ドル(米 Daratechの推計)と 10分の 1 以下の市場でしかない。自動車業界にとっての価値がいかに大きかろうが、市場規模の制約は厳然としてある。

しかも、UGS はかつての親会社 EDS (元々は 1992年の大統領選に出馬したロス・ペロー氏が設立) が 1994年以来 GM の子会社であり、1996年に GM が大半の株式を売却した後も同社は少数株主として残ったこともあって、GM が主要顧客であり、その後 Ford も EDS の CAx を使ってきた。
ところが、2003年初頭、Ford は UGS の最大のライバルである仏 Dassault を少なくとも部分的に導入することを発表し、今年になって GM も 2006年 6月に切れる EDS との 10年契約を前倒しで打ち切る可能性が報道された。その後、GM は前倒しはしないと発表したが、満期後の切替の可能性を検討していることを表明し、候補者の一人に IBM Global Services を挙げた。IBM Global Services とは、仏 Dassault の米側パートナーである。

UGS にとっては必ずしも追い風は吹いていない中で、昨年の年商の 2.3 倍にあたる投資は大きなリスクテーキングである。

投資ファンドといえば、「ハゲタカ」のイメージがどうしても払拭されないし、リターンの大きさだけを見ればそうかもしれない。だが、他の誰かが取ることのできないリスクを取っていることも事実であり、リスクに見合いのリターンを求めるのは(別のコラムで篠崎も述べているように)彼ら自身ステークホルダーに対する責任としても当然のことである。
徒に、投資ファンドを敵視したり、蔑視することは得策ではない。寧ろ、UGSの Grindstaff 氏のごとく自社の成長と業界のイノベーションのために、彼らが持つ能力をうまく活用すること、但し彼のように徒にはしゃぐのではなく、警戒心と緊張感を維持しながら、ということが肝要であろう。

因みに、Morgan Stanley の調べによると、2000年時点で世界の CAD 市場の65% はインハウス CAD だという。市場そのものは小さなパイかもしれないが、汎用三次元 CAD がそのパイの中で成長する余地は大きく、Bain Capital らがこの点を見逃しているはずはない。したたかであるが、それもステークホルダーに対する責任を全うする上で当然の視線である。

<加藤 真一>