プラットフォーム間での部品共有のリスクと報酬

◆プラットフォーム間での部品共有のリスクと報酬

◆DPF不足によりプジョー・シトロエンが生産停止

◆トヨタがサプライヤー満足をミッション・ステートメントに挿入

<2005年2月21日付Automotive News掲載記事>
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【自動車メーカーが求める次世代型サプライヤー像】

昨年 8月、私どもは本誌をご購読いただいている自動車メーカーの方々のご協力を得て、「自動車メーカーに聞く次世代型サプライヤー像」というレポートを発行した。(因みにこのレポートは、(財)自動車部品工業会にて高い評価を得て、全会員企業約 500 社に配布されたほか、いまだに私どもへの申し込みも殺到しているため、その後数千部を増刷しているので、残り部数のある限り私どものウェブサイトを通じてお申し込みに応じている。)

この中で私どもが特に注目したのは次の 2 点である。
(1)自動車メーカーがサプライヤーに今後一番向上を望んでいるのは、「自動車メーカーに代わってリスクを負担する能力」(*)であるということ。
(2)自動車メーカーに最も高い評価を得たのはデンソーだが、その理由は「自動車メーカーの視点での思考・行動ができるから」であったこと。

(*)数値的に最も高かったのは、「グローバル供給力」であったが、「現在(サプライヤーが注力していると思われること)」に対する「今後(サプライヤーに期待したいこと)」の伸び率が最も高いのは「リスク負担力」であった。

自動車メーカーが描く次世代型サプライヤー像とは、ある意味でこの 2 点に集約されるといっていい。
問題は、「自動車メーカーの視点」とは何なのか、「自動車メーカーが期待するリスク負担能力」とは何なのか、という点である。

【自動車メーカーの視点と能力】

東大の藤本隆弘教授が「製品アーキテクチャー」という理論を提唱されている。技術タイプを「インテグラル(刷り合わせ型)」か、「モジュラー(組み合わせ型)」かで分類するやり方で、自動車は「インテグラル」の代表例である。また、製品や技術に関する情報の提供先・入手先が「オープン(公開型)」か「クローズド(閉鎖型)」かの分類では「クローズド」である。

もう完全に定説となっていることなので詳しい説明は避けるが、自動車が「クローズド・インテグラル」製品だというのはこういうことである。
自動車とは、数万点に及ぶ部品が精密に調整されてお互いが作用し合う形で高いレベルで統合されることで初めて期待された機能・性能を発揮するように作られる製品であり、そのように機密性の高い情報が行き来し、個別部品の性能や品質がシステム全体の性能や品質と密接かつ相互作用的に関連するために相互信頼が可能な関係のもとでなければ作れない製品だということである。(これを逆に読んでいくと PC が正反対の「オープン・モジュラー」製品だということが分かる。)

しかし、自動車が今後ともずっと、また、全ての自動車メーカーが「クローズド・インテグラル」であり続けられるか、というとそうではないだろう。

「クローズド・インテグラル」の製品アーキテクチャーの中心には言うまでもなく自動車メーカーの存在があった。その自動車メーカーのリソースが質的にも量的にも今後不足し、不足したままで製品アーキテクチャーの中核であり続けようとしたら却って「クローズド・インテグラル」の製品アーキテクチャーで培った自動車という製品の持ち味を損なうことになりかねないからだ。

第一に、自動車メーカーは今後環境や安全にフォーカスを移していかなければならない。「走る、曲がる、止まる」の基本性能や、「QCD (品質、コスト、納期)」という生産管理にだけ拘泥しているわけにはいかなくなる。
第二に、自動車メーカーは今後 BRICs はもちろん、21 世紀の人口大国であるナイジェリア、エチオピア、エジプト、バングラデシュ等にも目を見張らなければならない。グローバル展開のスコープが日米欧の先進国だけで済まなくなる。

これらを背景に 90年代には「400 万台クラブ」と言われた自動車メーカー間の合従連衡と、単一モデルで世界全市場の需要をまかなう「ワールドカー」構想が進められたが、それが機能しないことは歴史が証明した。
いまあらためて注目されているのが、サプライヤーへの一定の役割と権限(裏を返せば義務と責任)の委譲であり、委譲に伴ってサプライヤーにも「自動車メーカーの視点と(リスク負担の)能力」をも持って欲しいというのが、レポートに現れた自動車メーカーのメッセージであろうと思う。

【インテグラル・モジュラーの視点】

2005年 2月 21日付 Automotive News 誌は、独トランスミッション・サプライヤーの Getrag のコメントを掲載している。

Getrag は、三菱 Colt と Smart For-Four や、BMW の 1/3/5 シリーズの一部にトランスミッションを供給しているが、現時点ではプラットフォームを共有する車種であったとしても、同じトランスミッションを供給するのではなく、各モデルのエンジンのトルク特性に合わせて調整したものを供給している。
その Getrag の今後の方向性は、「トランスミッションのモジュラー化を進め、プラットフォームを共有する車種の個別のモデル・アプリケーションに対してはモジュラーで対応していく」ことだそうだ。

権限・役割委譲に伴ってサプライヤーに求められる自動車メーカーの視点とは正にこういうことを言うのではなかろうか。
自動車メーカー自身であっても闇雲に独自設計を追及するわけではない。オリジナリティやインテグリティと同時に QCD も追いかけなければならない。差別化・競争力の源泉がどこにあるかを見極めて、その部分では徹底的にオリジナリティやインテグリティを追求するとともに、それ以外の部分では QCD のバランス実現に最も効果的・効率的なものを求めるのだ。 サプライヤーに対しても同様である。自動車メーカーの立場に立って、両者を識別し、最適解の提供を期待しているのだ。

そのためには、トランスミッションを自動車の機能・性能を構成する統合的(インテグラル)な一個の塊と捉えるとともに、その中身を差別化・競争優位の源泉とそれ以外のものに分解して識別する組み合わせ(モジュラー)型の発想が必要となる。いい意味でのモジュラーであり、「インテグラル・モジュラー」とでも呼びたい。そしてモジュラー部分に関しては必ずしも「クローズド」に拘ることなく、オープンに最適解を提供してくれるサプライヤー、部品を求めていくことになるだろう。こうした柔軟かつ全体最適の発想こそが「自動車メーカーの視点」ではなかろうか。(自動車メーカーの方、ご意見をお寄せください!)

【リスク・マネージメントの視点】

Automotive News の同じ号に、プジョー・シトロエン(PSA)が 1月に延べ 12日間もライン停止に追い込まれたこと、その原因が日本のイビデンと仏ガラスメーカー Saint-Gobain の合弁工場に一社発注している DPF (ディーゼル・パーティキュレート・フィルター)の数量不足であること、数量不足は当面続き 3月と 4月にも再び同じ事態が発生する可能性があることが報じられている。

記事の中から重要な事実を補足しておく。
(1)2004年に 70 万個だった DPF 需要は 2007年には 600 万個と推定される。
(西欧では昨年ディーゼル比率が 48% に達した上、ドイツ、オランダ、オーストリアで DPF 装着車に税制優遇が実施されている。)
(2)PSA は、DPF を装着したディーゼル乗用車の世界最大のメーカーである。
(2000年以来の累計生産台数は 1 百万台で、2 位のメルセデスベンツの11 万台を遥かに凌ぐ。)
(3)DPF 用のセラミック・フィルターのサプライヤーは世界で 2 社しかない。
(日本のイビデンと、NGKインシュレーターズ(つまり日本ガイシ))
(4)両社とも中欧に新工場を建設中だが、建設後稼動までに半年は掛かる。
(5)Bosch がセラミックに換わる素材を開発中である。

要するに鋼材不足による日産のライン休止と同じような状況が欧州でも起きているのである。
だが、ここでは日産や PSA の購買管理やサプライヤー政策のよしあしを議論するつもりはない。大事なことは、「自動車メーカーの視点」には、そうした購買管理上、サプライヤー政策上のリスク・マネージメントの視点も含まれるということである。

この場合で言えば、仮に排気系システムという括りで自動車メーカーから権限委譲を受けたサプライヤーがあったとしたら、そのサプライヤーは自社が供給するシステム部品の機能・性能や QCD に関心を払うだけでは不十分である。
自動車メーカーと同じ視点に立って、「今後セラミックの需給はどうなるのか」、「万一のことがあった場合に最も被害を受ける自動車メーカーは誰なのか」、「万一を考えたときセラミックは一社購買でいいのか」、「セラミックに換わる素材に手を打っておく必要はないのか」というところまで先回りして手を打つ必要があるということになろう。

上述した私どものレポートの中で意外だったことが一つある。サプライヤーに対して「製品や技術を束ねるマネジメント能力・システム構築力」を求めたいという声が伸び悩んだことである。

この点を自動車メーカーの方々にヒアリングしてみると、「かつてのティア1 をティア 2 にして、新たにティア 1 を創設してみたが、ティア 1 は単なるメッセンジャーに終わってしまい、結局はティア 2 と直接話している」、「今後はシステム購買はやめて従来どおり単品購買に戻す」といった声が聞かれた。

システム・インテグレータ機能を売りにするサプライヤーには耳の痛い話だが、自動車メーカーの視点に立って、自動車メーカーのリスクを認識し、負担するのでなければ屋上屋を重ねるだけで、失望感が広がるのも当然であろう。

【自動車メーカーごとの距離感】

まとめるとすると、「自動車メーカーが期待する次世代型サプライヤー像」とは、自動車メーカーの差別化・競争優位性の源泉を見極めたうえでメリハリの利いた対応ができたり、自動車メーカーに代わって購買管理やサプライヤー政策上のリスクマネジメントまで委譲できるサプライヤーということになると思われる。

自動車メーカーごとにいつ、どこまでサプライヤーに権限委譲を進めるかは異なるだろう。

Automotive News の同じ号の紙面にトヨタがサプライヤー満足をミッション・ステートメントに挿入したと取り上げられている。トヨタは、もともと「トヨタ基本理念(92年制定、97年改訂)」や「トヨタウェイ(2001年)」でも「取引先との共存共栄」を掲げていたが、先月発表した「社会地球の持続可能な発展への貢献」の中で、「サプライヤーの尊重」と「長期的視野での相互信頼」を明示した。そのことを取り上げた記事だと思われる。

このことからトヨタは当面の間、サプライヤーに権限委譲するというよりも、「クローズド・インテグラル」な製品アーキテクチャーに今後とも主体的・直接的に関わっていくつもりであろうと思われる。

これはトヨタのリソースの懐の深さを示すものだが、日系も含めた世界の多くの自動車メーカーでは「クローズド・インテグラル」の役割を全面的に担っている余裕はないし、トヨタですらいずれリソースの効率的配分の観点からいずれこの流れに加わってくる可能性があると思われる。

サプライヤー側に準備と覚悟が求められる。一方で、システム・サプライヤーには役割・権限拡充の機会が、テクノロジー型のサプライヤーにはクローズドなコア技術領域での、プロセス型のサプライヤーにはオープンなノンコア領域での事業拡大の機会が到来しつつあると言えるのではないだろうか。

<加藤 真一>