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よそ者の知恵と技を入れてイノベーションを加速せよ
(Visteon’s vision: Sleek, global, less tied to Ford)
(Bosch sees more double-digit growth)
(At Metaldyne, it’s ‘the year of the launches’)
(Korean supplier snatches some OnStar telematics work)
<2005年5月30日付Automotive News掲載記事>
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6月 4日に東京国際フォーラムで開催された「エンジニアのためのキャリア・アップ・セミナー」で基調講演を務めてきたのだが、そこでお話しした内容は次の通りである。
1.自動車産業の生産性やその向上率、イノベーションは他産業との比較において低いこと。
2.自動車産業が「業界内部の生産性向上」に拘り、「新陳代謝による生産性向上」がほぼ皆無であることがその一因となっていること。
3.それでも日本の自動車産業が世界最強になれたのは、人的資本・組織資本(ビジネス・プロセスの再構築活動や OJT を通じた従業員の熟練など)による生産性向上があったからだということ。
4.しかし、次の「3 つの環境変化」により、今後自動車メーカーの負荷が高い人的資本・組織資本による生産性向上には大きく依存できず、今後は「イノベーションによる従来比 7 倍のスピードでの生産性向上」が自動車産業に求められること。
(1)少子高齢化による豊かさと力の危機
(2)自動車産業内部の人的リソースの不足と国際競争力低下の危機
(3)未知の技術課題の勃興
5.そのための実行策として、次の 3 つが考えられること。
(1)デジタルの活用とアナログへのフォーカス
(2)アライアンスの活用
(3)クロスボーダー型の技術導入
6.これらを実行し、イノベーションをリードするエンジニアの資質要件は次の 3 つであること。「志」、「とんがり」、「オープン・マインド」。
ここではそれぞれの詳しい中身をお話しする紙面の余裕はないが、5月 30日付の Automotive News 誌の記事をいくつか引用して講演の一部を振り返ってみたい。
【ビステオンの事業再構築】
5月後半の米自動車業界を最も騒がせたのがこのニュースである。主としてフォード向けにガラス、パワートレイン、シャシー系の製品(売上 75億ドル相当)を作っている北米 24 ヶ所の工場をフォードに返上し、フォードはうち 2 工場を残して売却または清算の方針だという。
事業再編実行後のビステオンは、空調・内装・電子部品に特化したサプライヤーとなり、売上高(北米地域)も現在のデルファイに次ぐ第 2 位から、デンソーアメリカと同等の第 8 位に下がる見込みである。
顧客構成においてフォードの比率は現状の 64 %から 50 %に低下し、地域構成において北米の比率は現状の 63 %から 39 %まで低下する見込みである。
また、残った 36 工場の平均賃金は現在の半分以下になるという。
ビステオンのジョンストンCEOは、新しいビステオンのビジョンを、小型で、スリーク(技術志向型)で、グローバル(欧州、アジア、南米と北米のバランスが取れた)で、フォードとの繋がりを薄めた、競争力の高い会社、と称している。
一方、売却または清算となる 22 工場の方はどうなるか。
Automotive News 誌は、「ジョンソン・コントロール、マグナ、アメリカン・アクセル、デイナ等が買うかもしれない」というメリル・リンチのアナリストのレポートを引用している。
フォードはこれらの工場の所有や経営には興味がないものの、そこで作られる部品は引き続き必要としているのだから、十分な経営資源を持つ大手サプライヤーにとっては、ビステオンに独占されていた部分のフォード・ビジネスに参入するための千載一遇の参入機会であり、テクノロジーを持つ彼らはビステオンよりも上手にこれらの事業経営ができる可能性があるという見方である。
また、買収後、一定の期間の取引の保証や従業員賃金の一部負担などへの期待もあるだろうと Automotive News 誌は言う。
実際には買い手が付かず、清算に追い込まれる工場も多いのではないかと思う。
フォード・ビジネスが欲しいサプライヤーにとっても、合計で 17,400 人のUAW 組合員を抱える事業の承継には相当の覚悟、事業性の認識が必要である。
工場の買収には手を上げず、清算を待ってから自社製品の売り込みに行く方が安上がりになることの方が多いと思うからだ。
しかし、売却と清算のどちらに進んでも自動車業界全体にとってプラスであるというのが筆者の主張だ。
冒頭に触れた筆者の講演内容まとめの2.にある通り、生産性向上率の高い産業では一般に「新陳代謝」が頻繁に起きている。
つまり、「業界内部の生産性向上」だけに依存するのではなく、「生産性の高い企業の新規参入」や「生産性の低い企業の撤退」という「新陳代謝」によって業界全体の生産性が向上しているのだ。
一橋大学経済研究所の分析によると、日本の製造業 30 種を、1994年~ 2001年までの 7年間における TFP 成長率(いわば「質的な意味での生産性向上率」)が高かった順番に並べると、1 位通信機械、2 位医薬品、3 位事務用機器、4 位電子部品、5 位金属加工機械の順となり、自動車産業は 12 番目に過ぎない。
この差がどこで生じているかの一因として、上位 5 位までの産業はいずれも「新陳代謝効果」が大きく(通信機械では「質的な意味での生産性向上」の 37%が「新陳代謝効果」)、一方自動車産業では新規参入も撤退もなく、「新陳代謝効果」がゼロだったことが分かる。
「新陳代謝」の少ない産業では生産性向上に限界があるのだ。
ビステオン自身は今回の事業譲渡により雇用と稼働率確保のための喫緊の課題だけに追われている状態から脱して、得意分野で設立時のビジョンである技術志向の会社に生まれ変わることになり、2006年度には設立後始めて年次ベースで黒字転換する可能性が出てきている。これは業界全体の生産性向上にプラスである。
一方、譲渡対象の事業も、それが技術力を持ち、より生産性の高い企業に売却されればその結果当該事業の生産性がビステオン時代よりも高まる。(後で触れるが、クライスラーのシャシー・機械加工部門は Metaldyne に売却された後に生産性を向上させた。)もし清算されたとしても、より生産性の高い企業が新たに参入してくることで業界全体の生産性は向上する。
どちらに進んでも業界全体が「新陳代謝による生産性向上」の効果を享受できるのである。「生産性の高い企業の新規参入」は業界全体の生産性向上のために歓迎すべきことである。
【TRW AutomotiveとMetaldyne】
Automotive News 誌は、Robert Bosch が北米における同社の主要顧客 2 社(GM および Ford)の販売低迷にもかかわらず今年も北米でも売上を前年比 2桁増の勢いであることを報じている。
好調の直接の要因は、同社が技術的に強みを持つエレクトロニック・スタビリティ・コントロール・システムを各社が SUV に標準搭載する動きを強めているためだが、このような技術的アドバンテージを持つ製品を同社がいち早く開発できる構造的要因に売上高比 9 %という R&D 投入を指摘している。
さらに Robert Bosch の CEO の言葉を引用し、そのような R&D の使い方が許される要因として、同社が非上場企業であり、「我々の株主には見当違いなことや、がめついことを言う者がいない」ことが強みになっていると指摘している。
デンソーは上場企業でありながら売上高研究開発費比率でもその成果でも Robert Bosch に引けを取らないから上場企業か否かは絶対的な基準ではないが、株主の属性が企業のイノベーション戦略に大きな影響を与えるというのは事実であろう。デンソーの場合も、上場企業であると同時に、トヨタグループの中核企業で、グループ内でトヨタ本体に先行する技術開発力が期待されていることがその背景にあることは間違いないからである。
そしてこれは別の見方をすれば、経営者がどのような投資家を招き入れるのかという資本政策の問題であり、どのような株主とチームワークを組むのかというアライアンス戦略の問題でもある。
その意味で面白いアライアンス戦略で成功している 2 社が偶々同じ日付の Automotive News 誌の中に登場している。
一つは TRW Automotive Holdings である。同社はかつて TRW Inc.の電装品部門であったが、TRW グループの中ではコア部門の位置づけを得られず、R&D や設備投資に必要なリソースの供給を十分に得られなかった。
そこにスポンサーとして手を差し伸べたのが、投資ファンドの Blackstone である。Blackstone が同事業部門を買い取って独立させ、その後も成長分野での研究開発や設備投資に必要な資金の出し手として動いてきた。
Automotive News 誌でも、TRW Automotive がスタビリティ・コントロールなど Robert Bosch がそのイノベーションの成果と誇示する分野でも好敵手として急浮上しているという。
いま一つは、ビステオンの項で少し触れた Metaldyne である。同社の場合も株主は Heartland Industrial Partners という投資ファンドだ。正確には、Heartland が買収した鍛造品サプライヤーの MascoTech 等 3 社を統合して 2001年に新設した会社が Metaldyne である。
元々は水道部品を含む雑多な部品の鍛造加工業者であったが、設立後注力したのが自動車部品分野で、前述の通りクライスラーの部品製造部門を買い取った後、販路をトヨタ、フォードなどにも広げ、今やエンジン、シャシー関連の複雑なアッセンブリー部品を主体とする全米 29 位の大手サプライヤーとなった。
同社は例年約 20個の新製品を投入してきたが今年は 50個の新製品を投入すると Automotive News 誌は報じている。イノベーションとは、それが新しい製品や工程になることによって企業や産業の生産性が向上することに価値があるから、MetalDyne では確実にイノベーションが進行していることを意味する。
未だ赤字と過剰債務体質から脱し切れていない同社だが、株主である投資ファンドの理解と支援を得てイノベーションを進めることができているのである。
投資ファンドというと、安く買って高く売るだけのハゲタカで、その途中段階では文句は言うが協力はしないという印象を持つ人が自動車業界には多い。
しかし、ここで引用した 2 つの会社は、投資ファンドとのアライアンスがイノベーションを加速し、競争力を高める結果を生むこともあるという実例である。もちろん、投資ファンドと組むことがいつもイノベーションを生むかというとそんなことはない。
重要なことは先入観を捨てて、「オープン・マインド」な姿勢で「イノベーションのためのアライアンス戦略」をあらゆる角度から検討してみることである。アライアンスと言えば同業者間やバリューチェーンの上下での業務提携と決め付けてしまうことは、イノベーションの可能性を狭める。
【LG、GMにOnStar機器納入】
GM は 2007年モデルの Buick LaCrosse と Pontiac Grand Prix 用の OnStar車載機器を韓国の LG エレクトロニクスから調達することを決めた。
言うまでもなく、OnStar とは、GM が 32 車種に標準装備、25 車種にオプション設定しているテレマティクス・サービスで、その車載機器は従来 Motorolaが一手納入していた。今年 1月、GM が OnStar を 2007年までに全車種に標準搭載すると発表した矢先に、LG が Motorola の牙城の一角を崩したことになる。
LG が納入するのは単なる Motorola の廉価版ではない。Automotive News 誌によれば、Motorola の製品は GPS (位置測定)に車種別に専用のジャイロスコープを使用していたが、LG は自動車のプラットフォーム上に元々あった情報を利用できるソフトウェアを開発して、車種を問わずに一律に位置測定ができるようにしたという。この結果、専用のジャイロスコープが不要になり、一台あたりのコストを 10-20 ドル節約でき、工程も簡素化できるというメリットがある。GM は北米で 5 百万台を売るわけだからイノベーションの効果は絶大である。
筆者はこの事例を「クロスボーダー型の技術導入」の一つととらえている。
「クロスボーダー型の技術導入」とは、通常業種や国境を跨っての技術導入を指し、例えばオーディオメーカーの BOSE が開発したアクティブ・サス等がこれに該当するが、筆者は更に進めて大学発やベンチャー発の技術など、通常自動車業界が受け入れない領域からの技術導入のことを意識している。
LG は今や世界的な電子機器メーカーであり、それが Motorola に取って代わったというだけなら「クロスボーダー型」とまでは言えないだろう。ところが、上記のソフトウェアを開発したのは LG 自身ではなく、LG の Tier2 サプライヤーであるで SiFRT Technology という会社である。
カリフォルニア州 Santa Ana にあるこの会社の名前をかつて耳にした方があるだろうか。GM は LG 経由ではあるが、そうした会社の技術に対してもオープン・マインドであり、そうした姿勢で「クロスボーダー型の技術導入」を行なうことがイノベーションを生むのだというのが筆者の見解である。
【おしまいに】
「新陳代謝」、「アライアンス」、「クロスボーダー型の技術導入」、いわば「よそ者の知恵と技を入れること」がイノベーションに有効であることを示してきたわけだが、読者の中には「なぜそこまでしてイノベーションによる生産性向上に拘るのか」という素朴な疑問を持つ人もあるに違いない。
その理由は、少子高齢化の中で日本が縮小均衡に陥らずに今の豊かさと国力を維持し続けるためにはイノベーションによる生産性の抜本的向上が不可欠であり、日本産業のリーダーである自動車産業には従来の 7 倍のスピードでの生産性向上を果たす「志」と「とんがり」を望むからである。
頑張れ、日本の自動車産業!
<加藤 真一>