困難な課題に直面したときの解決策立案のアプローチ

◆OnStar Pushes diagonostics (オンスターが遠隔診断の普及を後押し)

<Automotive News 2005年1月23日号掲載記事>

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【オンスターの遠隔診断サービス】

米 GM のテレマティクス部門であるオンスターは昨年 9月に遠隔診断サービスを追加したが、このことを今後テレビ CM 等で消費者に知らしめるキャンペーンを展開していく予定である。

「遠隔診断」とは、自動車の各部に設置されている ECU (電子制御装置)やセンサで検知した不具合情報を、テレマティクス・サービス通信網を介して自動車メーカーの情報管理センターに送り、同センターで不具合の個所・度合い・原因と必要な整備・修理・部品の分析を加えて、ユーザーにフィードバックする仕組み・サービスのことである。

この延長線上に「入庫誘導」という仕組み・サービスがある。遠隔診断情報を近隣のディーラーのサービス工場に送り、必要なサービスベイ、メカニック、部品を用意させるとともに、ユーザーを当該工場にナビゲーションするものである。この両者を組み合わせると、まるで F1 のピット・サービスのように、整備の必要なクルマ・ユーザーは自動的にディーラーに誘導されるからディーラーの事業機会が増大し、入庫と同時に的確なサービスを短納期で受けられるから顧客満足度も上がるというウィン・ウィンの仕組みが完成する。

米自動車専門誌オートモーティブ・ニュースによれば、オンスターのサービスは、現時点ではこのうち遠隔診断までで、入庫誘導の仕組み・サービスは付いていない(いずれテレマティクス端末から電子メールを使って入庫予約ができるようにするところまでは検討中らしいが)。また、診断結果のフィードバックは、媒体に電子メールを使い、頻度は月 1 回、利用料金は無料である。

また、GM は 2007年モデルから同社が北米で販売する車両(昨年は 445 万台)のうち毎年 3 百万台にオンスター端末を搭載予定で、遠隔診断サービス付きの車両数が年内には 2 百万台に到達すると見ている、とも報じている。

【整備・修理業界へのインプリケーション】

遠隔診断サービスの行く末はどうなるかといえば、整備・修理の必要なクルマ・ユーザーはディーラーに囲い込まれ、街の一般の整備・修理工場には仕事が来なくなるということである。前提条件としては、全てのクルマが遠隔診断・入庫誘導サービス付きのテレマティクス端末を搭載し、全てのユーザーが入庫誘導に 100 % 応じた場合である。

「全てのクルマにテレマティクス端末が搭載されるなんてありえない」と思われるかもしれないが、現実に GM は今年秋から自社で販売するクルマの 4台のうち 3台に搭載しようとしているわけである。

また、「それは米国の話で、日本は事情が違う」と言われるかもしれないが、日本でも昨年 1年間に販売された新車のうち 24 万台(登録車の 6 %)にはテレマティクス端末が搭載されており、矢野経済研究所によれば 2007年にも 70万台と 2年間で 3 倍に成長するという見通しである。

つまり、日本でもテレマティクス端末の普及に伴い、街の整備・修理工場の仕事はなくなる、という仮説は全く荒唐無稽な未来の話ではないということになる。それでなくても自動車整備市場において新車ディーラーのシェアがじわじわと高まっている中でのことである。「自動車整備白書」によると、2004年事業所数で全体の 18 %に過ぎない新車ディーラーは整備売上高の 46 %を占め、5年間で 4 ポイント増加している。新車販売台数の低迷と自動車メーカーのインセンティブ引き締めの結果、新車ディーラーがサービス部門への注目度・注力度を高めてきている結果である。

車検制度の簡素化と期間延長による市場全体の縮小、新車ディーラーに加えてガソリンスタンドやカー用品チェーンなどの異業種からの新規参入による市場の食い合い等、苦境に立たされている一般の整備・修理工場にとって、遠隔診断付きテレマティクスは駄目押し的な技術・サービスということができる。

【課題に対するアプローチ】

この脅威に対していかに対応すべきかについて、筆者が唯一絶対の回答を持ち合わせているわけではない。ここでは、このような一見出口のなさそうな困難に対峙したときにどのようなフレームワークや手順で対応案を検討していくかというアプローチのヒントを提供したいと思う。

筆者が提案したいのは、次の 6 つのステップからなるロジック・ツリー(論理の木)を作っていくアプローチである。

(1) 仮説を忠実に文章化する
(2) 仮説を要素に分解する
(3) 要素に顧客属性を割当てていく
(4) すべての顧客属性をリストアップする
(5) 顧客属性別に対応案を出す
(6) 戦略に沿って対応案の中から実行策を選択する

<仮説を忠実に文章化する>
最初に行うべきことは、問題となる仮説を忠実に文字に置き換える作業である。この場合は、次のような文章になるだろう。

『クルマを購入する時点で、AVN (オーディオ・ビジュアル・ナビゲーション)にテレマティクス・サービスを付加するユーザーは、遠隔診断結果を見て、ディーラーで整備を受けるようになる』

<仮説を要素に分解する>
次に行う作業は、上記で文章化した仮説を再度単語に分解することである。
この場合は、次の通りになる。

●クルマを購入
●AVN
●テレマティクス・サービスを付加
●遠隔診断結果を見て
●ディーラーで整備を受ける

<要素に顧客属性を割当てていく>
上記の各要素について、ユーザーの属性を加えていく。各々の要素について、どういうユーザーが存在すると考えられるかを洗い出していく作業である。

注意したいのは、漏れなくダブりなくユーザー属性を抽出することで、そのため二者択一になるような分類項目を設けることである。二者択一にならないようなら、複雑な場合分けを行うよりも分類項目自体を増やした方がいい。そうしないと、漏れやダブりが発生しやすいからである。

●クルマを購入:
新車を購入するユーザーと、中古車を購入するユーザーがいる(中古車にはテレマティクス端末は付いていない)
●AVN:
装着するユーザーとしないユーザーがいる、装着するユーザーの中にも純正品を好むユーザーと非純正品を好むユーザーがいる、純正品の中でもファクトリー装着品を選ぶユーザーとディーラー・オプションを選ぶユーザーがいる(ファクトリー装着品を選ばなければテレマティクス・サービスを受けられない)
●テレマティクス・サービスを付加:
AVN (ファクトリー装着品)でもテレマティクス・サービス付きの商品を欲するユーザーと欲しないユーザーがいる
●遠隔診断結果を見て:
診断結果を見るユーザーと見ないユーザーがいる(見なければ効果はない)
●ディーラーで整備を受ける:
ディーラー以外では整備を受けないユーザーとディーラー以外でも構わないユーザーがいる
●そして、最後に「何があっても整備を受けないユーザー」を加える。

<すべての顧客属性をリストアップする>
上記の結果を場合分けして並べてみる。次のとおり全部で 9 つのタイプのユーザー属性が存在することが分かる。この時に少し工夫したいのは、一定のルールのもとに属性が並ぶように場合分けすることである。この場合は、上から下に向かうに連れて、ディーラーに囲い込まれやすくなる順番、つまり対応案の難易度が上がる順番を意識しながら並べている。タイプ 8 とタイプ 9 では、前者の方が難易度が高いという考え方もあるが、ここでは整備の必然性を見せ付けられても応じないタイプ 9 をより難易度が高いとした。

1)中古車を購入するユーザー・・・・・・・・・・・・・・・・・タイプ1
2)新車を購入するユーザー
2.1)AVNを装着しないユーザー・・・・・・・・・・・・・・・・タイプ2
2.2)AVNを装着するユーザー
2.2.1)非純正品を選ぶユーザー・・・・・・・・・・・・・・・・タイプ3
2.2.2)純正品を選ぶユーザー
2.2.2.1)ディーラー・オプションを選ぶユーザー・・・・・・・・タイプ4
2.2.2.2)ファクトリー装着品を選ぶユーザー
2.2.2.2.1)テレマティクス・サービスなしの商品を選ぶユーザー・タイプ5
2.2.2.2.2)テレマティクス・サービス付きの商品を選ぶユーザー
2.2.2.2.1)診断結果を見ないユーザー・・・・・・・・・・・・・タイプ6
2.2.2.2.2)診断結果を見るユーザー
2.2.2.2.2.1)診断結果を見て整備するユーザー
2.2.2.2.2.1.1)ディーラー以外でも整備するユーザー・・・・・・タイプ7
2.2.2.2.2.1.2)ディーラー以外では整備しないユーザー・・・・・タイプ8
2.2.2.2.2.2)診断結果を見ても整備しないユーザー・・・・・・・タイプ9

<顧客属性別に対応案を考える>
上記のリストをベースに、ユーザーのタイプ別に考えられる手立てを書き出してみる。その際に意識したいのは、各タイプのユーザーの価値観・行動特性をイメージするとともに、との接点(タッチ・ポイント)をどこに設けることができるかという視点である。

例えば、純正品の AVN を装着しないユーザーの中には、「そもそもクルマは動けばいい」という価値観のもと、余計なものは買わない、自動車関連ショップに足を運ばないユーザーもいれば、純正品の AVN の機能・性能には満足しておらず、自分の好みの商品を見つけるためにカー用品店や専門の電装品ショップを買い回るユーザーもいる。

前者であればタッチ・ポイントは自動車購入後のガソリン・スタンドくらいしか見当たらないかもしれないが、後者であれば自動車購入とほぼ同時に色んな場所での出会いの機会があることになる。

●タイプ1~5
タイプ 1~ 5 に共通して言えることは、遠隔診断サービスを受けることのできないユーザーであるから、格別に当該サービスへの対抗策を用意する必要はないということである。従来の顧客獲得・顧客囲い込みのための取り組みで不十分な点があればそれを補強・改善することが課題になる。

寧ろ、一般の整備・修理工場は、これらのタイプのユーザーを従来以上に(それもタイプの番号順に)手厚く扱い、顧客管理をしっかりやって、顧客満足を高めることが必要になろう。というのも、これらのタイプのユーザーは遠隔診断サービスの普及とともに「自分はディーラーから相手にされていない」という思いを強くすると考えられる。そうした不満をディーラーに代わって解消するサービスがあれば受け入れの確率が高まる。顧客満足度を高めることで一度取り込んだユーザーの定着率も高まるからだ。

注意しなければいけないのは、こうしたユーザーでも次回はテレマティクス端末付きの新車を購入する可能性があることと、サービスのレベルをディーラーと同等以上に保つことだ。遠隔診断サービスは、事前に関係者間で情報がシェアされているために、整備・修理の的確性、納期の短さ、会計の明朗性・納得性に強みを発揮すると予想される。それと同等以上のサービス品質を維持しなければ、少なくとも次回の新車購入の際には結局テレマティクス・サービスに取られてしまうことになる。

では、どうやってこうしたユーザーを獲得し、どうやってディーラーと同等以上のサービス品質を維持するかが課題となる。ディーラーと同じような精度とスピードでは情報を得られないという制約の中で。

第一に、「自ら無料故障診断サービスをオファーする」という方法が考えられる。相当値の張る故障診断装置の導入が不可欠になるし、不具合個所が見付からなければタダ働きになってしまうが、この方法を取れば、(少なくとも機器代の掛かる)テレマティクス・サービスを相対的に無力化できる。 この方法は、タイプ 1~ 5 までの全てのユーザーに有効だろうと考えられる。

第二に、「故障診断能力を持ちながら十分な整備・修理能力を持たないパートナーと提携する」ことである。例えば、ガソリン・スタンドとの提携であればタイプ 1~ 5 までの全てのユーザーに有効だろうと考えられるが、上述の通り、タイプ 1 の一部やタイプ 3 のユーザーにはカー用品店や電装品専門店との提携の方がより効果的とも考えられる。
第三に、「非純正 AVN メーカーとの提携」である。テレマティクス・サービスの普及は、即ちファクトリー装着の純正 AVN の普及を意味するから、市販 AVN メーカーにとっても脅威である。そこで故障診断機能(別に通信機能はなくてもよい)を付けた市販用 AVN を共同開発し、タイプ 3 およびタイプ 1 の一部の獲得に繋げる。(もっとも、市販 AVN メーカーは純正品との競合を避ける方向に動いているし、単独の整備工場向けに独自製品を開発する意欲があるとは思われないが、ここでは敢えてテーブルに載せてみる。)
●タイプ6
「診断結果を見ないユーザー」にも二通りあろう。見ていないだけで見せられれば整備するユーザー(タイプ 7 または 8 の予備軍)と、見せられても整備しないユーザー(タイプ 9 の予備軍)である。

前者であれば、遠隔診断にお金を払いながらその便益を享受していないのだから、タイプ 1~ 5 で述べた第一または第二の方法が対応案として考えられる。後者であれば、タイプ 9 で述べる方法を検討すべきだから、そちらを参照していただきたい。

●タイプ7
タイプ 7 は遠隔診断サービスの価値を理解し、整備に出すことは決めているが、どこに整備に出すかといえば普通ならディーラーだが、条件次第ではそれ以外もありうるという合理的思考をするユーザーだと考えられる。このタイプのユーザーに対しては、診断結果を取得してから整備を受けるまでの時間差を利用した打ち手が有効で、できれば診断結果そのものを効率的に活用する方法が理想的だと考えられる。

まず、自動車メーカーからの診断結果報告のメールの転送をお願いするのである。特別な謝礼・賞品を用意して、診断結果の転送を勧誘する。その上で、ディーラーの見込客を横取りするのである。例えば、メールをくれた上で実際に整備・修理に来てくれた場合にはディーラーよりも整備・修理代金を割安にする、整備・修理サービス+アルファを提供する。「+アルファ」は、ディーラーでも提供可能なサービスでも構わないが、お得感のあるサービスが候補である。例えば、エアコンや車内の脱臭、エンジン・ルームのフラッシング、ホイール・アライメント等が考えられる。

いずれにせよ最も真剣な整備見込客であり、放置しておくとディーラーに取り込まれてしまう恐れが高い顧客である。また、診断結果を持って来てくれるのだから生産性も高くなる。従って、できる限りの手を尽くしてこうした顧客の情報を取り、万全の対応をすべきであろう。

●タイプ8
タイプ 8 のユーザーは有望な整備見込客でありながら、一般の整備・修理工場がなかなか取り込めない顧客層である。こうした顧客層に対しては二つの方向性が考えられる。
第一に、まずタイプ 7 と同様の方法で診断結果を入手した上で、ディーラーでは通常提供できないサービスを付加価値として提供して取り込む。例えば、シートやバンパーの小キズのリペアとか、冬用タイヤの預り、もしディーラーが持ち込み整備しか受けないのであれば敢えて引取り・納車を行うなどの提案が考えられる。

第二に、ディーラーの契約工場になることである。ディーラーは今後統合・再編に向かい、サービス拠点が減少すると予想されるし、電装品やハイブリッド車等の増加により、生産性・整備能力が限界に向かうことも考えられる。そこで、ディーラーを競合先としてでなく、パートナーとして付き合うことで、タイプ 8 のユーザーを回してもらうようにするという方法である。

●タイプ9
タイプ 9 は最も手強いユーザーである。事実を突きつけられても整備に応じないわけだから。しかし、ディーラーにとっても手強い相手である。寧ろ、ディーラーが遠隔診断サービスに依存するようになればなるほど、ディーラーがこういうタイプのユーザーを取り込むことは難しくなると予想される。

こうしたタイプのユーザーには「不具合があるから整備しましょう」というのとは異なるアプローチが必要になる。例えば、タイプ 7 と同様の方法で診断結果を入手した上で、次のような提案が考えられるのではないか。

「故障診断結果によるとエンジン、トランスミッションの不具合の整備・修理費はいくらいくら。もし、このまま放置してアッシー交換になった場合のコストはいくらいくら。さあ、どちらを選択しますか?」

<自社の戦略に基づき対応案の中から実行策を選択する>
上記のユーザー属性リストのうち、戦略的にアプローチしたい顧客層や現実に抱えている顧客層はどこら辺かを見極めた後、羅列した対応案の中から、効果が見込めそうなもの、実行可能なものを選択していくことが最後の作業となる。

例えば、既存の顧客層はタイプ 1 が中心だが、今後はタイプ 7 の顧客層が増えてくると予想されるからそこを戦略的に攻めていきたい、という考え方だったとする。

タイプ1に対しては、顧客満足・サービス品質の強化と並行して、無料故障診断サービスの提供、異業種との提携、AVN メーカーとの共同開発という対応案があり、タイプ 7 に対しては診断結果メールの転送を奨励した上で割安感・お得感のある整備メニューのオファーという対応案があった。

このうち、異業種や AVN メーカーとのアライアンスは効果はあっても実行可能性が低い、他の対応案はまずまず効果と実行可能性が見込めるという判断を加えて、最終的に無料故障診断サービスの提供と診断結果メールの転送とお得整備メニューの開発を行う、という結論となる。

【まとめ】

「利用件数の減少、単価の低迷、業者の乱立、そこに強力な競争相手の出現」といった事態は国内のサービス業全般が見舞われている試練である。試練に直面したとき、混乱して誰でもどこから手をつけていいのか分からなくなってしまうことがある。そうした時こそ論理的に事象を整理して解決策を見出したい。

<加藤 真一>