ミール・ソリューションに見るサプライヤの戦略的方向性

◆独ボッシュと英 Ricardo、ターボエンジン用ガソリン直噴システムを共同開発

◆大同特殊鋼、素材・設備の両面から自動車部品の高強度化をサポート

<2006年07月20日号掲載記事>

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自動車メーカーの課題が深遠化しながら拡散し、従来のように自動車の開発プロセス全てに目配りできなくなってきたことから、設計思想、機能の括り方、業務プロセス、内外組織のあり方など、開発の枠組みの刷新を伴う形でサプライヤに対する権限と責任の委譲を進めつつあることを過去何度か本誌では指摘してきた。

ところが、サプライヤの側ではそうした動きを認識してはいるものの、ではサプライヤ側では具体的にどんなアクションを起こせばいいのか、従来の仕事の視点や仕方のうち何をどう変えていけばいいのか、分からないとする声を耳にすることが多い。今回は、全くの異業種である食品業界で過去数年間に起きた動きを題材にそのヒントを提供していくことにしたい。

【ミール・ソリューションの発展過程】

ミール・ソリューションあるいはホーム・ミール・リプレイスメント(HMR)という言葉をご存知だろうか。では、「中食(なかしょく)」はどうだろう。それもあまり聞いたことがないという人でも「デパチカ」や「ホテイチ」ならご存知であろう。

いずれも 90年代の終わりから 2000年代の初めに食品小売業界や外食産業を席巻したマーケティング上のキーワードである。簡単な方から解説していくと、「デパチカ」は一流デパートの地下、「ホテイチ」は高級ホテルの一階にある食品売り場のことを指し、そこで売られる食材が「外食」と「内食(うちしょく=家庭料理)」の中間にある「中食」、つまり惣菜である。

惣菜は近所のスーパーでも売っているが、デパチカやホテイチの惣菜にわざわざ「中食」という特別のポジショニングが与えられるのには理由がある。

前者は、家庭料理の域を出ず、しかも家庭料理に取って代わることはない。普通の主婦が容易に献立やレシピを思い浮かべることができ、時間さえあれば自分で同等以上の味や品質でこしらえることのできる簡単な料理であり、共働きで多忙であるがゆえにやむなくもう一品の付け合せとして買ってくる「食品(=Food)」に過ぎない。

これに対して、デパチカやホテイチで売られている惣菜は、普通の主婦では場合によっては献立やレシピの想像すらできず、プロの食材・設備・料理方法を使わなければ再現できない家庭の味を超越した「食事(=Meal)」であり、家庭料理に置き換えても全く遜色・引け目がない。中でもデパチカは家庭では副菜の地位にとどまるが、ホテイチはメインディッシュにまでなりうるところが違いだそうだ。

中食のことを米国ではボストン・マーケットなる外食産業が「HMR (家庭料理の置き換え)」と呼んだ。ボストン・マーケットの売りはチキンのあぶり焼きで、それまでスーパーの店内でそれこそ惣菜的に売られていたものを、高級でおしゃれな店構えの専門店に持ち出し、顧客の目の前で大型のオーブンで丸ごと焼き上げた上で切り分け、高品質のサラダやマッシュポテト、コーンブレッドと一緒に販売するスタイルを作った。

多くが共働きで、料理に一日 15分しか掛け(られ)ないという米国人の主婦が作る家庭の夕食に取って代わってお釣りが来る味と品質ということで HMR と称され、ボストン・マーケットは食品スーパーの惣菜売上を奪うことになった。

これに反発した食品スーパーの業界団体 FMI (フード・マーケティング・インスティチュート)が HMR の上位概念として食卓の問題やその解決策を体系化したものが「ミール・ソリューション(食事の問題解決)」である。

FMI は、まず、米国人主婦の料理をめぐる悩みを 4 つに切り分けた。第一に、料理は好きだし、時間もあるが、献立を考えたり、食材を買い回ったりするのが面倒。第二に、調理それ自体は苦痛ではないが、食材の皮をむいたり、切り分けたりする準備や下ごしらえまではしていられない。第三に、味付けや温度調整は自分でやりたいが、調理自体は無理。第四に、とにかく時間がないから全てを回避したい。

FMI はそれぞれの悩みごとに、4 つの食品分類を作った。
・RTP=Ready to Prepare (献立とレシピと食材が予めセットされている)
・RTC=Ready to Cook (調理可能な状態に食材が準備・下ごしらえされている)
・RTH=Ready to Heat (加熱すれば食べられる)
・RTE=Ready to Eat (そのままですぐに食べられる)

このうち RTH と RTE が HMR に相当し、食品スーパー側も店内にボストン・マーケティングに匹敵する本格的なデリコーナーを設けた。

また、RTP や RTC の概念の実践としてデリ回りのカテゴリ・マネジメント(効率と顧客満足を上げる売場管理)を行なった。つまり、夕食以外(朝食・昼食)のメニューや、ワイン・チーズ・花など、関連購買・想起購買を誘引しうる商品の売場をデリの周りに集中的に配置して、食品スーパー側はボストン・マーケットにはないワンストップショッピングの利便性を訴求したのである。

【日本型のミール・ソリューション】

この後、米国では単なるデリではなく、一流のシェフがオープンキッチンで調理するするイーチーズのようなテイクアウト型レストラン、日本ではロックフィールドに代表されるデパチカ、ホテルオークラやリーガロイヤルなどのホテイチが現れ、RTH や RTE などの HMR がより専門化・高級化していく。

だが、少なくとも日本ではデパチカもホテイチも一過性の流行、部分的な浸透にとどまり、家庭料理に取って代わるようなところまでは行かなかった。日本では中食市場の 75 %はホームユースではなくパーソナルユースで、しかも中食の利用の 60 %はランチ(つまり職場や学校)であってディナー(つまり家庭)での利用は 30 %にとどまるのである。

日米の HMR の発展の違いには、両国の家庭事情も大きく影響している。米国ではほぼ全ての年代を通じて成人女性の 75 %が就業しているのに対して、日本では正社員を夫に持つ妻の 55 %がいわゆる専業主婦である。近年パートタイム家庭が増加したことにより、専業主婦比率は確かに減少中ではあるが、20年前と比べて 9 ポイント低下したに過ぎない。

おそらくこうした違いを背景として、ミール・ソリューションは日米で違う方向への進化が求められている。

米国のミール・ソリューションは必ずしも HMR にとどまらないとは言うものの、基本的には仕事を持つ主婦の調理の手間をいかに省くかを主要課題としている。これに対して日本では、パートタイム家庭の増加に見合って調理の手間を省くことの重要性が増しているとはいえ、多くの専業主婦家庭においてはもっとそれ以外に重要なことがありそうだ。
2000年にある食品会社が行なったアンケート調査によると、全国の主婦の食卓に関する悩みの第一位は「料理の献立を考えること(約 6 割)」、第二位は「後片付け(約 3 割)」で、「調理プロセスそのもの」は第三位で約 1 割の回答に過ぎなかった。

つまり、依然として自分の手で夕食をこしらえることを主婦が使命と考える日本の家庭事情においては、マニュファクチュアリングやアッセンブリーの工程を誰かが代行することはそれほど期待されておらず、商品企画や製品・設備・工程の設計・開発やリサイクルに関する提案を行なうことこそが真のミール・ソリューションだと考えることができる。
そして、その商品企画または設計・開発の提案においては、日本の主婦が重要と考える 3 つの要件をクリアしておかなければならない。

第一に、「食の安全」である。昨今、生産者の顔が見える、氏素性(トレーサビリティ)のはっきりした、オーガニックな食材がブームである。他の要件をクリアしていても品質管理がきちんとなされていなければ調達対象にはならない。

第二に、「食の健康」である。食事は栄養の補給が求められるとはいえ、重要なことは漏れなくダブりなくそれを摂取することであって、塩分・糖分・カロリーの過剰摂取にならないように軽量化に配慮することも食事を預かるものの使命である。

第三に、「食のコスト」である。デパチカやホテイチが本格的に家庭の夕食の HMR として普及しなかった最大の原因がここにあると考えられるが、いかに専門的で高級な料理であってもそれが家庭料理の代用品となるためには、予算・目標原価の枠内に収まるものでなければならない。

これら 3 要件をクリアした上で献立、食材、レシピの提案を行なっていくミール・ソリューションが日本の外食産業、食品業界に求められていると考えることができるだろう。

【自動車業界の 2 つの事例】

ここで冒頭に引用した二つの事例の位置付け・意味合いを確認してみたい。

第一に、ドイツの電装品サプライヤであるボッシュは、GM の市販車 CadillacCTS-V に搭載可能な形で、可変バルブ機構とターボチャージャ、ガソリン直噴機構で構成される高出力・低燃費・低排出ガス化システム「DI Boost」を開発した。

重要なポイントは、「市販車に搭載可能な状態」にまで仕上げた製品であることだ。私たちのところにも多くのベンチャー企業から内燃機関の機能・性能改善を目的とする技術やデバイスが多数持ち込まれるが、大半が自動車メーカーの OEM での採用基準を満たさない。

人の命を預かり、ワランティや PL のリスクに晒され、各国の法規制に厳しく監視される自動車という商品には、食品と同様に、「安全」、「健康」、「コスト」の 3 要件が課されている。とりわけ世界中どこにでも移動し、どこでどのような条件で使用されるかを制御できない自動車という商品では一層これらの要件が重くのしかかる。自動車メーカーは、家庭の食事を預かる主婦と同等以上の基準でこれらを評価せざるを得ないからだ。
今や米デルファイを抜いて今や世界最大のサプライヤになったボッシュとはいえ、自動車メーカーではない以上、車両全体を知り尽くして、あらゆる手を尽くして、そのまますぐにでも自動車メーカーが採用可能な製品を開発することはできない。

そこで同社は英リカルドとパートナーシップを組んだ。リカルドは、BMW 傘下に入った MINI の開発を丸ごと請け負っているくらい自動車を知り尽くしたエンジニアリング会社である。ボッシュが開発したエンジン制御のシステムを、リカルドがエンジンに組み込んで車両トータルでの最適化のためのチューニングを施した結果、その気になれば自動車メーカーがすぐにも商品ラインナップに組み込める状態が作り出された。

いわば、これは温めれば食べられる RTH またはそのまま食べられる RTE を外食産業側から提案したものであり、イーチーズやデパチカ、ホテイチが提供する中食を体現したものだということができる。開発・生産現場が弱体化して専業主婦が殆どいない米国の自動車メーカーや、近年パートタイムの形で家庭離れを起こしつつある日本の一部自動車メーカーにとっては、ありがたいミール・ソリューションと受け止められる可能性がある。

第二の事例が、大同特殊鋼が発表した新素材と試作加工設備やシミュレーションソフトの貸し出しのパッケージ提案である。同社は、これまでから歯車など疲労強度と対磨耗性が要求される自動車部品に対して真空浸炭素材を提供してきたが、鋭角成型部分での過剰浸炭組織発生を防止できる新素材(DEG 鋼)を開発した。それと同時に、自社の技術センターの量産テスト炉を増設し、作業を簡便化するソフトウェアとともに顧客に試作設備を提供することで、真空浸炭技術・素材の新たな活用を提案すると発表している。

こちらの事例は、食材を提供する食品スーパーが専業主婦に対して、食材・レシピ・設備とともに行なう「料理の献立提案」というミール・ソリューションを自動車業界に展開したものと見ることができるのではないだろうか。

日本でも自動車メーカーの人的リソースは徐々に分散希薄化しており、従来のように自動車に関わる諸問題を一手に引き受けることは物理的に難しくなっているのは事実だが、産業システム全体のコントロールタワーの役割を放棄したわけではなく、調理にあたる開発・生産のプロセス自体には今も自信と愛着を持っている。日本では今も多くの自動車メーカーが専業主婦であることに拘りと誇りを持っており、必ずしも調理の手間を省いた HMR を欲しているわけではない。

そうした産業環境においては、献立提案こそが最も重要なミール・ソリューションであるといえよう。また、献立提案にあたっては、専業主婦の拘りである「安全」、「健康」、「コスト」の 3 要件を無視しては成立しない。「安全」は品質管理であり、「健康」は軽量化や低燃費・低排出ガスであり、「コスト」は文字通り「コスト」である。

【まとめ】

・自動車産業の人的リソースの希薄化に伴い、サプライヤには従来にない権限と責任の負担が求められ始めている。
・この動きに対応してサプライヤが取るべき具体的なアクションのイメージとして、食品業界でのミール・ソリューションの考え方が一つの参考になる。
・ミール・ソリューションの方向性が家庭環境の相違により日米で異なったように、サプライヤの取るべきアクションの方向性も日米の産業環境の相違で異なったものになる可能性がある。
・日本型のミール・ソリューションのあり方を見極め、適切なものづくりソリューションを提案していくことがサプライヤにとって機会の獲得・維持に繋がると考えられる。
・日本でもリソースの希薄分散化により自動車メーカーの工数を負担するような HMR 型のアプローチも一部では有効になりつつあるが、多くの自動車メーカーは開発・生産プロセスそのものは放棄していないので「献立提案」型のミール・ソリューションに対する期待の方が高い。
・「食品スーパー(Food Maker / Distributor)」が「食事の問題解決(MealSolution)」への転換を迫られたように、「部品メーカー(Parts Maker /Supplier)」にも「ものづくりの問題解決(Engineering Solution)」への転換が迫られている。

<加藤 真一>