コーポレート・ガバナンス、CSRの企業活動の目的・目標への統合

◆米国の自動車品質ランキング、「レクサス」が 12年連続首位。J.D.パワー

<2006年08月12日号掲載記事>

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【トヨタのハイラックス問題から感じること】

トヨタ・ハイラックスのリレーロッドの強度問題への同社品質保証部の対応が適切だったかどうかを熊本県警が指摘して歴代の品質保証部長を業務上過失傷害容疑で書類送検してから約 1 ヶ月が経過する。

この間、マスコミの論調は、国土交通省が定めるリコール制度への違反があったのかどうかというコンプライアンスの問題と、問題があったことを前提としてそうした問題を生んだ企業風土やコーポレート・ガバナンス、CSR (企業の社会的責任)のあり方に対する指摘に集中しているようである。

リコール制度への違反の有無については司法の判断を待つしかないが、どのような判断が出るにしろ、この問題をコンプライアンスの側面からのみ捉えるのは問題の矮小化であろう。

というのも、そもそもリコール制度とは、道路運送車両の保安基準への不適合またはその恐れがある場合に限って、国土交通省への届出と回収、無償補修を定めたものに過ぎないからだ。つまり、保安基準への不適合が起きない限り、リコールは不要という制度設計になっている。

保安基準不適合が生じない場合には、改善対策またはサービスキャンペーンという制度が用意されているが、いずれにせよ制度を前提にしている限り、制度への違反がない限り問題にはならないということになる。

多くの消費者が不安に感じているのは、制度への違反があったかなかったかということではなく、メーカーが消費者本意のものづくりや事後対応をする会社なのかどうかという点であるから、コンプライアンス対応が十分であったというだけでは顧客本意の回答になっていないと思われるのである。

それに比べると、この問題をコーポレート・ガバナンスや CSR の問題として捉えようという視点はより本質的ではあるが、二つ問題があると思われる。

第一に、他の企業活動との整合性が必ずしも取れず、企業の成長や革新の足かせになりかねないこと。

第二に、どこまで達成したらコーポレート・ガバナンスや CSR が達成されたことになるのか、定量的な目標が見出しにくく、恣意的な活動に陥りやすいこと。

【他の企業活動との整合性】

自動車メーカーの企業活動は、顧客が欲するクルマとサービスを作り出し、その結果として得られる利益を、再び顧客の欲する商品・サービスづくりに再投資するという持続的活動にその本質がある。

商品企画部門はそのために顧客の要求の本質を咀嚼して理解して商品・サービスのデザインや仕様書に置き換えようと努力するし、開発部門はそれを設計図や部品・設備・工程に落とし込む。また、製造部門は開発工程が意図したとおりのことが製品に反映されるようにラインを管理する。マーケティング部門や販売部門は、企画部門が想定した顧客に想定どおりの条件・方法で製品が送り届けられるように計画を立て、現場を動かす。

こうした活動は、最終的には販売台数または売上や利益の形でその評価が現れる。もう少し細かい単位で成果を見ようとする場合には、デザインのよしあしは、今回の耐久品質調査結果と同じく JD パワーが発表している「APEAL」なる商品の魅力度調査結果が使われるし、製造部門がいかに図面に忠実に仕事をしたかどうかは「IQS」なる初期品質調査結果に現れる。

ところが、これに対して品質保証部門やサービス部門の活動の成果はもともと測定が難しい。あるモデルが計画以上にあるいは競合以上に売れたからと言ってそれが品質保証やサービスの成果だということにはならない。

品質保証部門やサービス部門の仕事は、うまくやって当たり前であって、トラブルを起こしたら徹底的に責められる種類のものだから、勢い前例のない素材、部品の組み合わせ、加工・処理方法に対しては、数値的に実証されていても慎重になりがちである。

さらにコーポレート・ガバナンスや CSR を活動の機軸に置き始めると、「顧客から評価されてなんぼ」という他の企業活動とは出発点もゴールも意識すべきステークホルダーも全く異なることになる。

現代的な経営では、特に不特定多数の情報弱者である消費者を相手にする自動車メーカーの経営においては、このような牽制機能や複眼的な視点が必要だという考え方もある。だが、そうであれば複数の価値観から出てきた対立する複数の意見を最終的にどのように折り合いを付けるのか、経営者は何を根拠にしてどんな判断を下すのか、内外に説得力ある高度な経営判断の尺度や基準が必要になる。

もし、そのような尺度や基準がない場合、どうしても内向きの保守的な活動に終始しがちで、顧客の側を見たイノベーションへのチャレンジは前例がないことを理由として排除されかねず、企業の変革や成長が停滞しかねないと危惧される。

【定量的目標の欠如】

自動車メーカーの活動の中で定量的目標のないものは存在しないはずである。サイクル・タイムであったり、開発工数であったり、コストや質量であったり、台数や売上であったり、在庫日数であったり、ねじり剛性だったり出力であったり、いずれも定量的目標が存在する。

ところが、コーポレート・ガバナンスや CSR には、その達成度を計る指標が存在するだろうか。内部統制の利いているいい会社、社会的責任を果たすいい会社とはどのような尺度で測ったときにどのような基準を達成している会社だろうか。

また、それを日々 CAD と向き合っている部署、中古車のリマーケティングを担当している部署など、社内のあらゆる部署にブレークダウンして各々の定量的目標として落とし込むことが可能だろうか。

定量的な目標設定が出来ない場合、解釈や運用は人ごとにばらつきが大きいものになり、統括部署の声が大きい場合にはファシズムとなって現場の納得感やモチベーションが薄いものになってしまうし、声が小さい場合にはコミットメントのない実効性の小さいものになってしまう。いずれにしても組織的な活動の規範とはなりえない恐れがある。

【残価率を KPI にしたブランド・マネジメント】

筆者は以前本誌にて「残価率を KPI にしたブランド・マネジメント」を提唱した。
「残価率を KPI にしたブランド・マネジメントと中国への展開の重要性」
「米国での車種別耐久性、「レクサス」が10年連続首位に。米…」

筆者はブランドをダイヤモンドのように時間的にも空間的にも普遍・不変の価値を認知されるものと定義し、自動車の場合はそれが残価率に現れるという前提のもとに残価率の向上に企業活動の目標を一元化し、全部署が責任を負担する形に戦略や組織を作り変えようというものであった。

品質はブランドそのものではないし、残価率も品質のみによって決定されるものではないが、それらの最も重要な要素の一つであることは間違いない。また、ブランドを確立し、その維持向上を図る活動は製品とサービスを通じて顧客に喜んでもらおうという企業活動の本質の翻訳であり、品質保証部門やサービス部門を含めた企業内の全ての部署に共通の目標となりうるものである。

従って、コンプライアンス、コーポレート・ガバナンスや CSR を基軸にした統制的な企業活動に起こりがちな企業活動全体での不整合や属人性の限界の問題も取り除きながら、そこで目指す企業市民たろうとする目的とも合致する有効な方法だと考える。

これを品質保証部門とサービス部門の役割に落とし込む場合、それらの部署への命題は「経年劣化品質の維持」になるだろうと考える。

というのも、残価率維持・向上のためには、「耐久品質(経年劣化品質・使用品質)の維持向上」が求められ、それを担える組織は他にないからである。

また、「耐久品質=初期品質-経年劣化損失」であり、初期品質は主として製造部門の役割だから、品質保証部門とサービス部門に求められるのは経年劣化損失の軽減だということになる。

さらに、「経年劣化損失」には、「物理的劣化」と「人的劣化」の二つがある。前者は、自動車が素材を加工・処理して出来た機械であるがゆえに、時間の経過や使用に応じて磨耗・変形・退化が生じることを指す。後者は、正に自動車がそのような特性を有するがゆえに、設計段階から物理的劣化を考慮した素材や部品を選択したり設計を工夫する余地があったのに敢えてそうしなかったとか、整備・補修・交換などのサービスを通じて機能・性能・特性のメンテナンスが可能であったのにそうしなかったとかいった人的要因による劣化を意味している。

この場合、品質保証部やサービス部門が責任を負うべきは「人的劣化」の方であり、品質保証部は設計や素材選びに責任を持ち、サービス部門はメンテナンスに責任を負うべきである。

そして、この両者の活動の成果は、「品質面から見た適正な新車価格」に対して 3年後に「品質面から見た適正な中古車価格」が維持できているかという割合を金銭換算したもので計ることが出来る。

その結果は、プラスになる場合もマイナスになる場合もあるが、プラスになった場合は当然にその分だけ目標達成や業績への貢献として評価されるような仕組みとしなければならない。

ここで「品質面から見た適正な~」という表現を使っているのは、本来残価率とは「(3年後の)中古車相場価格÷新車リストプライス」の公式で表されるものながら、新車のリスト・プライスは必ずしも品質だけで決定されているものではなく、中古車相場価格も品質だけでは決まらないからである。

例えば、欧州の高級輸入車の価格は品質だけでは妥当性が見出せないが、その商品を所有することで得られる体験やファンタジーが価格に転嫁されている。

同様に、中古車相場も品質だけで決まるのではなく、地域・季節的要因による需給関係や新車販売時点での諸政策の結果という面も大きい。

それら品質以外の要素を分母、分子に加味した指標を品質を預かる品質保証部門やサービス部門の責任・貢献と見るのは無理があるから、新車価格・中古車相場双方を「品質面から見た適正水準」に補正した上で見てみようということである。

【JD パワーの指標を使った簡易評価】

米調査会社 JD パワー・アンド・アソシエーツ(以下 JD パワー)は、新車の初期品質(IQS)や耐久品質調査(VDS)等多くの指標を発表している。

JD パワーとはどんな会社なのかとか、IQS や VDS とは何かといったことについては、過去何度か本誌で触れているのでそちら(↓)を参照いただきたい。

最新の耐久品質調査は、2003年モデルを購入した顧客 47 千人を対象に 3年間に経験したトラブルの件数を聞いたものをブランド別に集計したで、いつものように数字が小さいほど耐久品質がよいとみなされる。
「ベストなマーケティング・ツールは?(ブランド・)ロイヤ…」
「企画品質の時代」

<品質補正した新車価格>

2003年モデルの初期品質(発売後 3 ヶ月)はどうだったかを見ておきたい。ブランド名のあとに付けているのは業界平均値を 1 とした時の逆数比である。

例えば、IQS の業界平均値 120、A ブランドの IQS スコアが 80 だった場合、
120÷80=1.50 であるから、A ブランドの初期品質は業界平均の 1.5 倍高い位
置にある、と読む。

1 位レクサス 1.75 2 位キャデラック 1.29 3 位インフィニティ 1.21
4 位アキュラ 1.20 5 位ビュイック 1.19 6 位マーキュリー 1.18
7 位ポルシェ 1.14 8 位 BMW1.13 9 位トヨタ 1.10 10 位ジャグア 1.09
11 位ホンダ 1.04 以下 21 位日産 0.96 26 位スズキ 0.92
28 位スバル 0.91 29 位マツダ 0.90 同三菱 0.90
参考 23 位現代 0.93 34 位起亜 0.79

上記に述べたとおり、各社のブランド力や商品・価格・販促戦略の違いを除外して仮に新車の実売価格が初期品質のみによって決定されると仮定するとしたら、どうなるだろうか。

米国自動車ディーラー協会(NADA)の資料によると、2003年度のディーラーでの新車の平均実売価格は 27,565 ドルだったとのことである。この数字を初期品質の INDEX に掛け合わせると以下の結論を得る。これを品質補正した新車価格と仮定する。(単位ドル)
1 位レクサス 48,239 2 位キャデラック 35,594
3 位インフィニティ 33,329 4 位アキュラ 33,028
5 位ビュイック 32,733 6 位マーキュリー 32,444
7 位ポルシェ 31,335 8 位 BMW 31,069 9 位ジャグア 30,050
11 位ホンダ 28,642 以下 21 位日産 26,375 26 位スズキ 25,459
28 位スバル 25,111 29 位マツダ 24,771 同三菱 24,711
参考 23 位現代 25,637 34 位起亜 21,822

高級車を中心に各社の実際の実売価格とは乖離があると思われるが、それこそがブランド・エクイティや戦略の巧拙による差と考えることができる。

<品質補正した中古車価格>

同様に 2003年モデルの耐久品質(VDS)を業界平均との逆数比で見てみると以下の通りとなる。

1 位レクサス 1.67 2 位マーキュリー 1.50 3 位ビュイック 1.48
4 位キャデラック 1.39 5 位トヨタ 1.27 6 位アキュラ 1.23
7 位ホンダ 1.17 8 位 ジャグア 1.08 9 位 BMW 1.07
10 位インフィニティ 1.06
以下 14 位スバル 0.9 20 位日産 0.94 21 位マツダ 0.93
25 位三菱 0.87 30 位いすゞ 0.80 35 位スズキ 0.71
参考 24 位現代 0.90 34 位起亜 0.73

NADA の資料によれば、2005年度にディーラーで販売された中古車の平均売価は 14,923 ドルで、そこからディーラーは平均 1,727 ドルの粗利を得たという。そこでこの粗利分を除いた価格を業者間の平均中古車相場と見ることにする。(実際には昨年度販売された中古車の多くは 2003年モデル以前の商品で、2003年モデルが販売の中心になるのは今年以降と見られるが、推測を避けた最新データということでご容赦いただきたい。)

この数字を上記の耐久品質の INDEX に掛け合わせると以下の結論を得る。これを品質面から見た適正な中古車価格と仮定する。(単位ドル)

1 位レクサス 22,026 2 位マーキュリー 19,838 3 位ビュイック 19,578
4 位キャデラック 18,377 5 位トヨタ 16,735 6 位アキュラ 16,280
7 位ホンダ 15,441 8 位 ジャグア 14,264 9 位 BMW 14,130
10 位インフィニティ 13,933
以下 14 位スバル 12,912 20 位日産 12,378 21 位マツダ 12,327
25 位三菱 11,521 30 位いすゞ 10,585 35 位スズキ 9,420
参考 24 位現代 11,840 34 位起亜 9,663

こちらも高級車を中心に実際の中古車相場との乖離が見られると思われるが、これもブランド力と戦略による差と見ることが出来る。

<品質補正した残価率>

上記の通り業界平均の新車価格を 27,565 ドル、中古車価格を 13,196 ドルとすると、業界平均残価率は 47.9 %となる。一方、下記が品質補正後の各社の残価率となる。 残価率の後に付けたのは業界平均を 1 としたときの比。

1 位マーキュリー 61.1 %(1.28) 2 位ハマー 59.9 %(1.25)
3 位ビュイック 59.8 %(1.25) 4 位トヨタ 55.2 %(1.15)
5 位ホンダ 53.9 %(1.13) 6 位キャデラック 51.6 %(1.08)
同リンカーン 51.6 %(1.08) 8 位スバル 51.4 %(1.07)
9 位ポンティアック 50.0 %(1.04) 10 位マツダ 49.8 %(1.04)
以下 12 位アキュラ 49.3 %(1.03) 18 位日産 46.5 %(0.98)
19 位三菱 46.5 %(0.97) 21 位レクサス 45.7 %(0.95)
29 位インフィニティ 41.8 %(0.87) 35 位スズキ 37.0 %(0.77)
参考 20 位現代 46.2 %(0.96) 26 位起亜 44.3 %(0.92)

高級車の補正残価率が実際に比べて不当に低く見えるのは品質に依存しないブランド力を有しているからと思われる。

この補正残価率こそが品質保証部門やサービス部門の活動の成果の尺度と考えてよいのではないかと思う。

例えば、マツダの場合は、品質補正新車価格は業界平均に対して 10 %低い(0.90)が、品質補正残価率は業界平均に対して 4 %高い(1.04)。

この結果、品質補正中古車価格は業界平均に対して 7 %レス(0.93)で済んでいることになるが、これは同社の品質保証部門やサービス部門が経年劣化損失をそれだけ食い止めた成果と見ることができると考えられる。

金銭換算する場合は、次の式にて 1台あたり 469 ドルの成果と換算できる。

品質保証部門・サービス部門の貢献度=経年劣化損失軽減額=品質補正後業界平均新車価格×初期品質比×品質補正後業界平均残価率×(残価率比-1)=27,565 ドル× 0.90 × 47.9 %×(1.04-1)=469 ドル。

つまり、品質保証部門やサービス部門が経年劣化を防ぐ手段を講じなければ、中古車価格は初期品質比に応じてあと 469 ドル下がり、その分だけブランド・エクイティが低下していたと考えられ、それを食い止めたと考えられるのである。(因みにこのケースでは初期品質で業界平均を 10 %下回っており、約 2,800 ドル分のロスを出したことになるが、その主な責任は開発部門と製造部門にあるという見方になる。)

このように品質保証部門・サービス部門の貢献額を見ていくと、上位 10 社は以下の通りになり、トヨタの両部門の貢献額は業界でもトップクラスだと見ることができる。(単位ドル。台あたり)

1 位マーキュリー 4,306 2 位ハマー 3,908 3 位ビュイック 3,079
4 位トヨタ 2,230 5 位ホンダ 1,729 6 位キャデラック 1,338
7 位リンカーン 989 8 位スバル 891 9 位ポンティアック 552
10 位マツダ 469 11 位アキュラ 468 18 位日産 マイナス 248
19 位三菱 マイナス 337 28 位スズキ マイナス 1,978
参考 20 位現代 マイナス 433 31 位起亜 マイナス 2,373

企業は品質保証部門・サービス部門に対して、この貢献額を増やすように命じることができる。マツダの例で言えば、同じフォードグループのマーキュリーの品質保証部門・サービス部門はマツダの 10 倍近い成果を上げているのだから、これを徹底してベンチマーキングする方法がある。日産や三菱、スズキの場合はまずマイナスを消すことが目標になるだろう。

【まとめ】

残価率を KPI としたブランド・マネジメントのサブ・プロセスとして経年劣化品質の保持を品質保証部門やサービス部門の役割や目標を位置付けることで、内向きの保守的な活動に終始することなく、他の企業活動と同様に外向きの挑戦的な活動に転換することが可能と考えられる。

コンプライアンス、コーポレートガバナンス、CSR の要件を企業活動の制約条件や追加コストして位置付けるのではなく、それらを包含した企業活動の目的や目標に統合して定量的に追いかける仕組みを作り出すことで革新や成長の機会を創出することができると考えられる。

<加藤 真一>