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企業会計監査と中古自動車査定の共通点
『企業会計監査と中古自動車査定の共通点-社会インフラとしての役割とイノベーションの可能性-』
◆日本自動車査定士協会、設立40周年を迎える
<2006年07月05日付日刊自動車新聞掲載記事>
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日本自動車査定協会(以下日査協会という)が今年設立から40周年を迎えたとの特集が7月5日(水)の日刊自動車新聞に掲載されている。同特集の見出しは「健全な市場創造に尽力」とある。
このコラムでは「自動車(中古車)を査定する」という所作と、昨今新聞紙上を賑わせている「会計監査」という「遠そうで意外と近い性質を持つ」 2 つの異なる仕組みを比較することで、自動車の査定(及び会計監査)の限界について述べたうえで、それでも「自動車査定」が「会計監査」と同様に市場を健全且つ活発に保つ為には重要な役割を担っていることを、合理的に説明しようと思う。
また、日査協の基準がベースになりながらも流通プレーヤー毎に微妙に異なる査定基準が統一され、共通の物差しとして活用することが出来た場合に「流通市場が享受可能なメリット」と「イノベーションへのヒント」を導き出したい。
【自動車査定とは何か】
日本自動車査定士協会の HP によると、自動車の査定を行う目的は「中古車流通の正常化」という社会的要求に応える形で「一般消費者の保護」と「流通秩序の維持」を図ることにあるとのこと。
少しわかりにくいが、中古車という資産を健全な形で市場で流通させる為の評価軸としてのインフラが査定であると言えるのではないだろうか。
更にわかりやすく言えば、中古車が市場で売買される際に「ゴマカシ」や「騙し」といった行為が行われないようにする為に査定は存在し、これが最終的な資産の受け取り手である消費者の利益を守ることにも繋がるというものであろう。
【会計監査とは何か】
実は、この中古車の査定を行う「目的」は、会計監査を行う「目的」と究極的には同じである。
筆者は米国公認会計士の資格を有していることから少なからず会計監査については勉強をした経験があるが、監査とは「企業の経営者が主張する財務諸表」の内容が「一般に認められた会計基準」に準拠して作成されているかの意見表明を行う作業であり、その目的は当該企業のステークホルダー(株主や取引先など)に(財務諸表を通じて)企業が有する資産の価値を適切に評価してもらうことにある。当該企業が発行する株式が市場で流通される場合でも、売買における株式価値を評価するための源になるのが財務諸表であり、これを「査定」する行為が監査であると言ってもよいだろう。
(株式の売買という側面だけを抽出すれば)、株式が市場で売買される際に「ゴマカシ」や「騙し」といった行為が行われないようにする為に監査は存在し、これを結果として最終的な資産(株式)の受け取り手である株主の利益を守ることにも繋げる。自動車の査定と同じである。
ちなみに、財務諸表の内容を不当に操作し、企業の資産価値を高く見せたりする行為を「粉飾」という。
【会計監査と自動車査定の限界】
某監査法人が某化粧品(繊維)会社の粉飾決算に関与したことにより業務の一部停止処分を受けたことは記憶に新しいが、「独立した立場として」、「一般に認められた監査基準」に基づき監査をしているはずの公認会計士が企業の粉飾に関与するという事態は何故生じたのであろうか。
ひとつの大きな理由として言われているのが、監査報酬の支払い元が監査先であるという事実である。監査法人は監査先の企業から報酬をもらって運営されている。よって、財務諸表が適正に作成されているかの独立した意見を表明する役割のはずの監査法人が、当該企業と癒着関係に陥る恐れがある。監査法人は企業の顔色を伺いながら監査を実施する一方、企業側は対応次第で契約の更新をコントロールする。こうした構造が、不正を生みやすい環境を造りだしている可能性はある。
もうひとつの理由として筆者は「会計監査」という仕組みそのものがある構造的な宿命を挙げたい。
各種新聞報道などを読むと、会計監査人は恰も監査を通じて企業の諸活動にお墨付きを与え、その財務諸表の内容を「保証」するかの書き方になっているが、実態はこれと異なる。監査人は、経営者が主張する財務諸表の内容に関して「決められた基準に則って作成されているかの意見を表明する」ことに留まる。
これは、そもそも企業の活動結果が会計的に描写された財務諸表に対しては同企業の経営者が責任を持つべきであるという自己責任の意味合いと、中立の第三者 * が複数の複雑な取引を実施している企業の内情を全て解き明かしたうえで、その内容に関して保証を行うといったことが不可能に近いからである。
* どれだけ専門的訓練を受けたプロフェッショナルであっても、財務諸表を作成している会社の人間と同様のレベルで把握することは難しい。
中古自動車の査定を考える際にも、同様の限界が生じる。
すなわち、査定を行う費用を誰から徴収するのか、という点に関しては、仮に第三者の立場の査定士が介在して商取引を成立させようとした場合、中古車の売り手であったり買い手であったり、どちらかの収益の一部を報酬として受け取った場合、中立性を保つことは難しい。
また、いまひとつ考えないといけないのが会計監査において二つ目の理由として挙げた「仕組みの構造的問題」である。繰り返しになるが、会計監査では、決して企業の諸活動にお墨付きを与えるわけでも財務諸表の内容を「保証」するけでもなく、飽くまでも所定の手続きに則り一般に認められた会計原則に準拠しているかの「意見を表明する」に留まる。
同様に中古自動車の査定でも、決してクルマそのものの品質を保証するわけでも、基幹部品の機能にお墨付きを与えるわけでもなく、飽くまでも所定の査定基準に基づき加減点を実施することで、当該車両の外形的状態に関する意見を表明するに過ぎない(もしくは状態に基づく加減点の結果としての資産価値の算定を意見として表明するに過ぎない)。
中古自動車の査定で基幹部品をバラしてその磨耗度合いを確認のうえ新品と交換することで、「動きます」という保証をすることはまず無い。
【会計監査と自動車査定の意義と役割】
ここまで両者の限界について言及してきたものの、それでも会計監査・中古自動車の査定は社会的に大きな意味がある。
物々交換から貨幣経済へと発展した現代において、貨幣を以ってして交換する対象資産の価値を合理的且つ第三者的に算出する機能が欠けてしまうと、交換そのものが発生しないことになりかねない。
特にメーカー(生産者)が直接需要を鑑みながら価格をつける新品市場ではなく、セカンダリーと言われる再販市場のケースは、この機能が欠けると流通市場そのものが衰退してしまうことになりかねない。
よって、取引は基本的に自己責任であるという自由経済の原則と照らし合わせた結果、必要な妥協の産物として監査なり査定は存在し、これは仕組みそのものが求めている良い意味での妥協であると考える。会社そのものをバラバラにしたうえで全てのプロセスを監視することが監査において不可能なように、クルマそのものをバラバラにして部品そのものが動くか否かを全て確認することも、現実的には不可能であるからだ。
【共通の物差しが実現されることによる、新たな価値創造の可能性】
クルマの場合、査定が必要な局面毎に査定結果を利用するユーザーのニーズが異なるため、ケース毎に微妙に異なる査定が必要となる。
また、実際の価格を算出する(いわゆるバリューション)プロセスとしては、最後に算出される車両の価格は相対で売り手・買い手間で決定する。
たとえば、ユーザーの車両を買取店やディーラーが買い取る・下取る場合は査定による点数加減を行ったうえで、オートオークション相場をベースに在庫コストなどを勘案した買取価格になるだろうが、この価格と事故による保険対象商品の価値減価を換算する場合やローンの解約車両の評価や係争車両の鑑定評価する場合とは異なる。
しかし、少なくともプロセスとしての「一般に妥当と認められる査定基準」が共通の数字指標として「このクルマは何点」という形で全ての流通プレーヤーの間で共有された場合、流動性の高さとオークションという巨大な再販市場の整備状況を考えると、中古車における更なる大きな市場形成が可能だと思われる。
たとえばオートオークション市場における取引台数は年間 8 百万台(出品ベース)で、成約率約 52 %。1台当りの平均取引金額を 54 万円と仮定すると、成約ベースでも 2.2 兆円の総市場となっており、現物ベースでの取引額は鉄スクラップ市場の合計である 1 兆円の 2 倍強となっている。
詳細は以下サイトの筆者コラムを参照願いたいが、この 2.2 兆円の現物取引のうち、現在でも 1/4 強が画像と評価点のみをベースに落札されているという。
https://www.sc-abeam.com/mailmagazine
車両そのものが実物を離れて取引が可能になれば、先物やオプションといった金融派生商品の発売が可能になるが、画像ベースの取引に慣れた業界プレーヤーとの相性は悪くないだろう。
こうした商品の導入は、実際の市場における需給バランスを平準化する効果を齎すのみならずスペキュレーション目的を含む資金流入による流動性を向上させ(具体的には成約率の向上)最適な車両の最適なプレーヤーへの分配を助長する作用があるだろう。
また、現物市場規模に匹敵する、否、それ以上の市場の形成を可能とし、更に IT 領域やサービス分野といった周辺エリアにおける新商品・新サービス開発も活発化する可能性もある。
自動車の製造領域における日本発のイノベーションは多い。
今度は自動車の流通領域における日本初のイノベーションを実現するためにも、インフラである共通の物差し整備は「国家レベルでの政策」としてでも進めていってはどうだろうか。
<長谷川 博史>