コントロール可能な範囲での行動の重要性・資源高を乗り越えろ

◆トヨタの新任常務役員全 12 人、ミッドランドスクエアで記者会見

「ハイブリッド車は厳しい競争の時代に入るが、トヨタが負けるわけにはいかない」、「ハイブリッドシステムの大きさや重さ、価格を 4分の 1 にするよう指示を受けている」、「使用する銅線の量を少なくするなどして、できるだけ早く実現することで世の中に貢献できる」と嵯峨宏英氏。

「ビジネス環境は潮目が変わった」、「夢のある事業に勇気を持って取り組む」と松井拓夫氏。「課題は品質と人材の育成に尽きる」、「環境問題に対応する車の生産でも、品質を確保していく」と川田康夫氏。

「足元の厳しさだけにとらわれず、どこに進むのか正しく判断したい」と高田充氏。「全世界の従業員 30 万人が一体感を持って働ける施策を進めたい」と宮崎直樹氏。「携帯電話のように誰もが欲しがる車を開発する」と奥平総一郎氏。

<2008年 6月 30日号掲載記事>

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自動車メーカー各社が国内販売車両の一斉値上げを実施するとのニュースが飛び交っている。

例えば、トラックメーカー各社は原材料費の高騰で車両価格を 3~ 5 %引き上げをするとのことで、三菱ふそうは 8月から、日野は今秋をめどに値上げする方針を固め、いすゞも検討に入ったとのことだ。

また、トヨタについても、国内価格の引き上げを検討。全車種一斉も視野に、7月にも最終判断するとのニュースが 6月 30日の自動車ニュース&コラムに掲載されたのに加えて、日産のゴーン社長も同社株主総会で、国内の車両価格「2~ 3 %の引き上げが必要な状況」であるとの主張をしたとのことだ。

因みに、トラックで既存車種の一斉値上げは初めてで、トヨタが全車種一斉値上げをするとなれば第 1 次オイルショック時の 1974年以来、約 34年ぶりになるとのことである。

更にコスト削減という観点では、同 6月 30日号の自動車ニュース&コラムによると、トヨタが「緊急 VA」での原価低減目標を最大 5 %に設定し、来年初から全車種に反映するとのニュースも入ってきている。

【背景にある原油高に代表される資源高】

原油価格は 2007年初には 50 ドルレベルだったものが、直近では 140 ドルを突破した。約 1.5年の間に 3 倍弱まで跳ね上がっている。また、鉄鉱石の価格も 2002年時点と比較すると、2007年までの 5年で約 3 倍弱まで跳ね上がっている。

筆者が小学生だった頃の教科書にすら書いてあった基本ではあるが、日本は加工貿易により成り立っており、当該加工貿易の代表的な産業が自動車産業である。加工する元である資源が高騰すれば、これを(加工の)プロセスの改善や調達素材の工夫で吸収するべく努力することが先ずは大切であるが *、これで収まりきらない範囲については価格転嫁せざるを得ないという現実がある。

* この一環として、上記「緊急 VA」は存在していると解す。

例えば、国内で販売されている自動車の平均単価は約 1.9 百万円であることから、仮に 3 %の値上げが実施された場合は台当たりでは 6 万円弱の値上げとなる。

【自動車利用手控えの動き】

一方、原油高騰の結果として、当然だがガソリンの小売価格も高騰し、レギュラーで既にリッター 180 円に迫る勢いである。

例えば、郊外在住者で車通勤しているとして、毎日片道 20KM をリッター 7.5KM 走る車で通勤しているとすれば、1日 960 円、1 ヶ月(20日)で 19,200 にもなるわけで、もし同じ区間をバス乃至は電車で行き来することが出来るのであれば、そちらに乗り換えるであろう。また、代替移動手段を有していない人間であれば、必要最低限の利用まで頻度を抑えるという動きに出る。

こうした環境下では、一部の産油国を除く市場での自動車の需要環境は悪化を辿るのみである。

加えて、車の購入価格そのものが値上げされるとのことである。市場が好転しない中で小売価格を 6 万円上げれば販売が更に不振に陥る可能性は高い。そうなれば、結果的に消費者向けに値引きをせざるを得なくなる可能性もある。自動車メーカーの側から見ると、現在国内ディーラーに支払っているインセンティブは平均で@4.5 万円 /台となっているが、今回の表面値上げ以上にこの4.5 万円を増やさざるを得なくなる可能性すら否定できない。

【国内需要は 2000年から減少を続けている】

こうした厳しい自動車小売市場だが、この厳しさの原因は決して資源高にはない。資源高は販売台数減少に追い討ちをかけるものの、国内需要激減は販売台数が 6 百万台を割り込んだ 1998年前後 * が発端となっており、以降過去 10年間に亘ってほぼ一貫して減少し続けている。

* 因みに、98年の原油価格は 20 ドル台、2000年の原油価格も 25 ドル~ 30 ドル程度であった。

1998年~ 2000年といえば景気の悪化といった要因もあるだろうが、筆者自身は(特に国内における)自動車の利用価値が下がっていること、これへの対処策を打ち出すことに自動車業界が成功していないことにあると考えている。

【コントロール可能な範囲での行動の重要性】

否、自動車自身の狭義の利用価値には凡そ変化は無い。狭義の利用価値とは自動車で走る喜びという意味である。そうではなくて、自動車を使ってその他の楽しみを実現するという観点では、自動車そのものを使いづらい世の中になっているのではないだろうか?

誤解を恐れずに言えば、例えば飲酒そのものは「娯楽」としてそのものを単体で楽しむ分には何の問題も無い(勿論程度の問題ではあるが)。しかし、自動車と掛け合わされた瞬間に、大きな問題となる。

同様に、携帯電話で友人や家族と会話を楽しむこと自体には何の問題もない。しかし、これが自動車と掛け合わされた瞬間に事故の温床となる。

また、その他の楽しみを実現すること、そのために、目的地により早く到達したいと思う気持ち自体には何の問題も無いが、これが自動車と掛け合わされて、止まれないほどのスピードを出したり、目的地のすぐ目の前に自動車を放置することは問題となる。

こうしたことは、最低限のマナーを心がけることに加えて、当然法律で規制されるべきものであるが、自動車産業・業界として乗り越えられるものであるはずだ。

例えば、飲酒については最近は取組を聞くようになってきたが、例えば息をかけてアルコール値が高い場合はドアが開かなくするとか、更にその先まで考えれば、例えば自動運転に切り替わるといったことを考えるべきである。

また、携帯電話でのコミュニケーションを自動車に乗りながら楽しみたいというニーズを実現するためには、兎に角どこのキャリアの携帯であろうと、車に乗った瞬間に車のスピーカーに自動的に連動する形でハンズフリーフォンに変わるようにすることをもっと真剣に実現させるべきである。

違法駐車やスピード違反も、車を壁に立て掛けられるように工夫するとか、GPS連動で制限速度を超えられないように制御を掛けたり、そもそもの交通事故リスクを回避乃至は発生しても死傷者が発生しないようにする様々なデバイスの開発などに更に注力することは可能なはずである。

飲酒や友人とコミュニケーションをとるという楽しみ、目的地のギリギリまで自らの移動手段を用いたい、ということ自体には何の問題も無い。

問題は、これらの楽しみを自動車が奪っていないか?その問題を解決する努力を自動車業界が行っているか?ということである。

燃費対策や代替燃料関連の R&D に加えてこうした「コントロール可能な範囲での努力・行動」があって初めてユーザーの自動車利用利便性の確保と、それ以外の利便性を奪わないことが実現できる。
その意味では、本コラムでご紹介したトヨタの各常務役員の抱負は大切である。

例えば、「ハイブリッドシステムの大きさや重さ、価格を 4分の 1 にすること」や、「携帯電話のように誰もが欲しがる車を開発する」、「環境問題に対応する車の生産でも、品質を確保していく」といった発言は自動車業界の進むべき方向性とマッチしている。
これらに加えて、上記述べさせて戴いたような「自動車 × その他の効用」という掛け算をしたときの積が最大化されるような自動車の開発にも是非注力して頂きたい。

資源は加工されないと資源にはなりえない。

資源高騰は、新興国の経済発展に伴う需要過多や投機マネーの存在などが主因と言われるが、加工に伴う付加価値の更なる向上が不足していることによる、加工から原材料への価値の流出 (マネーの移動)という側面もあることを、自戒の念も含めながら敢えて主張したい。

<長谷川 博史>