金融危機発生・事実と数値を元に、ビッグスリーへの低利融資の効果を検証

◆米上院、米ビッグスリーへの250億ドル(約2.7兆円)の政府低利融資を承認
既に下院も通過しており、ブッシュ大統領が署名すれば成立する。
◆米下院、米ビッグスリー向けの政府低利融資250億ドル(約2.7兆円)を承認
2008年10月~2009年3月末の暫定予算決議を370対58で可決した。週内に上院でも同様の決議が可決される見通し。米ビッグスリーが目先、資金繰り難に陥る事態は回避される見込みに。

<2008年9月29日号掲載記事>
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過去 2 週間の世界は大きな変化を経験している。勿論、自民党の総裁選のことではない。米国を中心とする世界の金融システムが音を立てて崩れつつあるのだ。

【胴元が資金を集め、投資に回して小口販売、の仕組みが崩れつつある】

米国は世界の巨大なファンドであり、世界中から 2,000 兆円を調達しながら、これを最適(であると判断される)投資先に投下し、資本として回しながら収益を配分するモデルを構築しているが、この流れが明らかに変化しつつある。

具体的な発端は、米国住宅市場のバブルと、そこへの証券化を噛ませた形での融資の焦げ付きであるが、金融技術を用いて小口分散したと思われたリスクが、結果としては「リスクの拡散、リスクの所在の不明確化」へとつながったことにある。

例えば住宅関連ローンは 1,200 兆円とも言われるほどの規模となっているが、これは米国国債の 500 兆円よりもはるかに巨大である。しかも、このうち半分である 600 兆円の住宅証券(住宅関連ローンの約 50 %)を保証して、売っているのがフレディ・マックとファニーメイであるが、これらについては、政府が公的資金をベースに損失補てんすることになった。

また、胴元としてこうした住宅証券を販売したり、リスクを取って資産を取得していた所謂投資銀行をはじめとした米金融機関も大きな含み損を抱え、株価は暴落、既にメリルリンチ、リーマンブラザース、ベアスターンズといった超有名どころの金融機関が実質破綻・他社による買収対象となっている。

【金融市場の大混乱は産業再編へとつながる】

本日正式にモルガン・スタンレーに対して 9,500 億円で議決権ベース 21% の出資を決定した三菱 UFJ などは、当然一私企業が最適な経営判断をするという観点で検討したものであり、またリーマンの欧州やアジアの人材を野村が取得する動きなど、クロスボーダーで米企業を日本企業が資本面で支えるという動きが出てきている。

こうした金融面での動きはその後、産業へと繋がる。産業の米は鉄であると言われるが、産業の血はやはり資金である。今後は間違いなく貸し渋りなどをはじめとする日本のバブル崩壊後におきた現象と同じようなことが起こり(既に起こりつつある)、企業の合従連衡が進まざるを得ないだろう。結果、米国企業が安くなることに伴い、日本企業が米企業に出資したり間接的な支援を実施することの経済合理性は表面上、高まるであろう。

【主要自動車メーカーの米国販売比率ランキング】

自動車メーカーのうち「米国販売比率が高いところはどこか」という観点で分析を行うと、全体平均の 32 %を上回るのは、6 社、そのうちやはりビッグ3 の比率の高さが目立つ。

(単位:台・%)

メーカー 世界 米国 米国比率
——— —- —- ———-
Chrysler 2,633,647 2,080,557 79%
GM 6,407,992 3,789,776 59%
FORD 5,488,009 2,386,957 43%
HONDA 3,450,267 1,371,428 40%
Porsche   98,410 34,693 35%
Subaru 561,107 187,265 33%
Toyota 6,991,445 2,161,450 31%
Nissan 3,097,525 941,200 30%
Jaguar 57,849 15,683 27%
Saab 123,769 32,711 26%
Land Rover 207,688 49,550 24%
Volvo 447,450 106,352 24%
Mazda 1,247,812 296,116 24%
BMW 1,238,882 293,795 24%
Hyundai 2,390,114 467,009 20%
Mini 218,067 42,045 19%
Kia 1,626,900 305,473 19%
Mercedes-Benz 1,389,559 252,828 18%
Mitsubishi 1,025,769 128,993 13%
Audi 948,651 93,508 10%
Suzuki 1,551,772 101,883 7%
Volkswagen 4,045,529 230,571 6%
Isuzu 219,380 7,097 3%
Fiat 2,077,744 0 0%
Alfa Romeo 152,811 0 0%
Chery 460,770 0 0%
Daewoo 348,527 0 0%
Geely 193,202 0 0%
smart 98,935 0 0%
Oldsmobile 1 0 0%
Total 49,767,894 16,143,438 32%

【ビッグ 3の財務諸表】

ビッグ 3 がジリ貧であり、手許現金が幾ら減ったとか、x兆円の損失を計上した、といったニュースは毎日のように飛び込んでくるが、構造的に財務状況を把握している人は少ないだろう。ということで、一度彼らの財務諸表を元に、簡単に現状を整理をしてみたい。尚、残念ながら、クライスラーはサーベラス傘下でありデータの入手が出来なかったことから、以下データは GM とフォードのみである。

(単位:億円・US$1=\100換算)

07.12. 08.6.(半期)
——- ——-
(GM)
売上高 181,122 79,617
営業利益 -4,390 -13,065
税引前利益 -4,390 -18,015
営業CF 7,731 -2,188

総資産 148,883 136,046
現預金 24,549 19,356
有利子負債 44,339 43,211
Net負債 19,790 23,855
純資産 -37,094 -56,970

(FORD)
売上高 172,455 85,040
営業利益 -5,296 -2,811
税引前利益 -3,746 -8,714
営業CF 17,074 2,161

総資産 279,264 265,297
現預金 35,283 30,066
有利子負債 168,787 166,025
Net負債 133,504 135,959
純資産 5,628 -1,683

【お値段は幾らか】

GM の時価総額は 5,500 億円、フォードは 1.1 兆円。

因みに、トヨタの時価総額は 16 兆円、日産が 3.4 兆円、ホンダは 6 兆円である。

EV*/ 営業 CF のマルチプルで見てみると、GM は 3.8、フォードは 8.6 となっている。これらのマルチプルが表すのは、仮に外部投資家が 100 %の株式を引き受けた場合、必要な資金が幾らで、これが営業 CF (のみを考えた場合)何年で回収出来るか、という年数と考えてよい。単純な指標だけを用いて考えると、GM の株価は暴落しているということが分かるが、これは 07年の営業 CFをベースに考えており、実は 08.6月までの半期における GM、FORD の営業 CFは両社共に激減していることからこの年数は更に長くなっており、更に現実的には、必要な設備投資、研究開発費などへのキャッシュも必要となるが、これらについては全く考慮していないベースの試算である。

*EV=時価総額+純有利子負債

一方、バランスシートを見ると分かるのが、今や GM のみならずフォードに至っても債務超過の状態に陥っているということである。半期に 1 兆円単位の損失を蒙っていれば当たり前であるが、例えば GM の場合で最低 5.7 兆円出して初めて資本の部がプラスになるということであり、必要な資金は巨額である。

【有利子負債を返済するには30年掛かる】

また、GM は営業キャッシュフローからしてマイナスであることから、普通に考えれば今の借入金の返済は不可能。フォードに至っても、仮に返済しようと思っても、08年度の上半期の営業キャッシュフローを単純に倍にして計算すると 30年以上掛かることが分かる。

これに追い討ちを掛けるのが、貸付を行っていた金融機関の破綻や貸し渋りである。例えばフォードは破綻したリーマングループから 約 1,100 億円を借り入れており、既に別の調達元の模索をスタートしている模様である。

【政府による低利融資 2.7 兆円の効果】

では、今回上下両院で可決された政府低利融資の効果はどの程度あるだろうか?以下が GM とフォードのみのバランスシートを単純合算したものである。

貸借対照表(GM+FORD単純合算)
(単位:億円)
07.12. 08.6(半期)
総資産 428,147 401,343
現預金 59,832 49,422
有利子負債 213,126 209,236
Net負債 153,294 159,814
純資産 -31,466 -58,653

2 社合計の有利子負債は 21 兆円。クライスラーの有利子負債は分からないが、今回の低利融資は 2.7 兆円と 2 社合算比で 13 %程度(ということは、クライスラーの負債も合わせれば、緊急融資額が既存借入に占める割合は一ケタ台であると想像される)。しかも、資金使途は低燃費車開発支援ということであり、単純な借り換えは難しいと思われ、効果は限定的なものに留まることが分かる。

ビッグ 3 は、(今朝起きてみたら法案が否決されていて、市場が大荒れになっていたが)金融安定化法案に則った不良資産買取予算である 75 兆円の中に、自動車ローンも含ませようとしていたが、資産売却による資金調達を行ったとしても、やはり限界はあるだろう。

【日本企業にとってのチャンス】

こうした現況を鑑みると、三菱 UFJ によるモルガンや、野村によるリーマン(人的資源など)への資本注入の事例があるからといって、同様の形で日本の自動車メーカーがビッグ 3 に出資をするには、しっかりとした戦略的補完を前提としても、財務面でも相当の覚悟が必要になる。

よって、例えば GM の商用車部門の切り出しをいすゞが検討する等、限定された子会社や関係会社の切り出し、といった動きに対する日本企業の資産・株式引き受けといった形が先ずは先行することになるものと思われる。現在ビッグ 3 が保有する主たる日本メーカー株式と言えば、やはりフォードが保有するマツダ株式である。現在のマツダの時価総額は 5,800 億円程度でフォードはこの 34% 弱を保有しているが、この行方からは目が離せない。

【金融危機は世界中に接続される】

一方、金融危機は米国内だけの問題ではない。住宅ローンも米国債 * も、全体の 4 割程度は米国外が購入していると言われていることから、今後米国外にも米国が発端となった金融危機が連鎖していくと考えられる。

* 直近の米国債の 9 割以上は米国外の政府、金融機関などが購入している。

因みに、世界中から米国が調達する 2,000 兆円のうち 600 兆円は日本であり、住宅サブプライム関連証券の購入という観点では被害は相対的に少ないとのことだが、足元も気をつける必要がある。

米不動産はいつまで下がるか分からない。米政府が公的資金を投入して住宅証券の損失を補填するといっても、国庫に金が溢れているわけでもなく、実際にはここのファイナンスも海外から調達という実態の下、問題は当面ドルを買う人は誰か、ということになる。買わなければドルは下落、日本の有するドルの 600 兆円相当額も目減りする。その意味で、本日の金融安定化法案否決は、住宅ローン関連だけでも 1,200 兆円あるローン残高に対して、想定していた不良資産買取原資は 75 兆円と限定的であったことから、こうした根本的な構造に変化を齎すものではない(更には資産の買取を実施しても、劣化した自己資本に対する「公的資金による資本注入」まで踏み込んだ内容とはなっていないなどの細かな問題も存在する)。

しかし、現実的には世界は米国以外のファンドマネージャーを有していない。また、世界は米国以外の規模と成長性の両者を兼ね備えた地域も有してもいない。

ここまでくると安全保障や政治の世界の話にまで至るわけだが、こうした消去法からも、筆者の持論は依然過去コラムで述べさせて戴いた通り、米国市場は大きな激しい調整を経て一定の規模まで揺り戻すというものである。但し、その期間と幅は想定の範囲を超えたものになりそうである。

<長谷川 博史>