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今更聞けない財務用語シリーズ(32)『営業譲渡』
日頃、新聞、雑誌、TV等で見かける財務用語の中でも、自動車業界にも関係が深いものを取り上げ、わかりやすく説明を行っていくコラムです。
第32回の今回は、営業譲渡についてです。
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今回は事業再編の手法として様々な局面で活用される営業譲渡について解説していきたい。株式交換・株式移転・会社分割などが商法上で規定される以前は、営業譲渡と合併だけが、事業再編の手段であり、事業再編の手法としては古くから活用されている手法である。
営業譲渡とは、一定の営業目的の為に組織化された財産を譲渡する債権契約と一般的に(法律的な解釈)言われている。つまりは、営業部、営業所単位、営業部門などの単位でその営業を行う為の資産や負債を譲渡することを意味しているのだ。
会社にある全ての資産負債を第三者に売却することも営業譲渡になるし、ある一つの営業部だけに関する資産負債を売却することも営業譲渡になるのである。
では、次に合併や会社分割と比較しながら営業譲渡のメリット・デメリットを整理してみる。
1.メリット
(1)使い勝手が良い
上記のように株式の売買のような事業全ての譲渡や事業のリストラによる営業部門を第三者に売却する場合、会社分割のように子会社に親会社の事業部門を移管する場合など様々なケースに営業譲渡は使える。
(2)会社そのものに潜むリスクを回避できる
会社には簿外債務などの帳簿上に現れていないリスクがある場合がある。株式で会社を買収した場合にはこのリスクを負ってしまう可能性があるが、資産・負債だけを譲渡する場合には会社そのものにあるリスクを回避でき、資産や負債に係るリスクのみに注意すればよくなる。
2.デメリット
(1)資産・負債の売買の手続きや実務が煩雑
営業譲渡は上記のような資産負債の譲渡契約であり、個別の契約毎に第三者と売買を行う為、債権者などの了解を取る必要があり、処理も煩雑となる。例えば、売掛金が 100 百万円あり、これが 1 百万円の契約の集合体とすると、この契約毎に債権者の合意を取り付けるなどの手続きが必要になるのである。他にも不動産の場合は移転登記が必要となったり、知的財産権などは移転の登録が必要となるのである。
(2)売買時に税金が発生する可能性が高い
当然営業譲渡を行う売り手側は高い価格で売却することを望むだろう。しかし、帳簿上の簿価より高い価格で売却すれば、当然売却益が発生し、その売却益に対し、課税される。合併や会社分割のような税金の繰延が制度化されていない為、節税が図れないのだ。
(3)従業員の引継ぎが煩雑
合併や会社分割の場合は、従業員は自動的に引き継がれるが、営業譲渡の場合は、自動的には引き継がれない。引き継ぐ場合には、営業譲渡によって従業員が不利益を被ることが無いスキームを組み、従業員の理解が必要になる。
では、自動車業界ではどのように営業譲渡を活用しているのだろうか。
ヤナセが殿内製作所に特殊車両の事業部門を営業譲渡の形で売却している。これは、ヤナセが高級輸入車を中心とした自動車事業への特化を図っている中で、本業である自動車事業とシナジー効果が得難い事業をより専門性の高い企業に譲渡してきており、その一環として行われていたものである。
このように営業譲渡は、事業の選択と集中を行う中で、シナジー効果を得難い事業を第三者に売却するなどの際に用いられることが多い。 他業界でも、例えばカネボウは、一連の不祥事以降事業の再編に着手しており、本業以外の事業部門を営業譲渡の形で複数売却している。
営業譲渡は使い勝手がよく、様々なケースで活用できるが、昨今は事業の選択と集中のスピードが求められる中で、営業部門の売買に活用するケースが多い傾向にあると言える。
但し、営業譲渡はデメリットに記載した通り売り手側の企業は、債権者や従業員などステークホルダーの了解を取る必要がある。当然、事業は継続されるのであるから、買い手と売り手だけではなくステークホルダーも含めた Win-Win の関係の取引にする必要がある。しかし、売却する側の企業は、どこにでも売れれば良いというスタンスになりがちである為、ステークホルダーの利益を考えるほど余裕が無いのが実態である。しかし、売る側の企業も今後事業を再編し、再建していく必要がある。この際にステークホルダーを大事にする姿勢を見せておくのとそうではないのとでは、その後の再建に大きな影響を与えてしまうだろう。
一方、買い手側も新たなステークホルダーとのWin-Winの関係を築く必要がある。従業員が新しい職場に馴染むことができる環境を整え、商習慣の違う取引先との関係を築くなどステークホルダーに満足をしてもらう為の施策を早く行う必要があるだろう。売り手の企業も買い手の企業もステークホルダ-を満足させることがその企業の価値を高めることを忘れてはならない。営業譲渡の後にその事業を成功させる要件の一つになるはずだからだ。
<篠崎 暁>