think drive (25)  『 モータースポーツ 』

新進気鋭のモータージャーナリストで第一線の研究者として自動車業界に携わる長沼要氏が、クルマ社会の技術革新について感じること、考えることを熱い思いで書くコーナーです。

【筆者紹介】

環境負荷低減と走りの両立するクルマを理想とする根っからのクルマ好き。国内カーメーカーで排ガス低減技術の研究開発に従事した後、低公害自動車開発を行う会社の立ち上げに参画した後、独立。現在は水素自動車開発プロジェクトやバイオマス発電プロジェクトに技術コンサルタントとして関与する、モータージャーナリスト兼研究者。

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第25回 『モータースポーツ』

ホンダが F1 から撤退すると発表してから、矢継ぎ早にスズキ、スバルが WRC から撤退するとの発表があり、日本ではこのところ、カーメーカーとモータースポーツの関係が危ぶまれている。そこで今月はモータースポーツについて少し考えてみたい。

ホンダは日本で初めて F1 に参戦するなど、創業時代からモータースポーツに関心をもち、挑み続けてきた。第一期では、東洋の名も知られていないカーメーカーがデビュー 2年目で優勝をかざり驚きを与えた。第二期では、ターボ加給エンジン全盛期に、1.5Lという排気量から予選では 1000馬力を越えるパワーを絞りだしていたともいわれ、No.1 エンジンサプライヤーとしての位置を築いた。

第三期では、あまり輝かしい記録は少ないが、来期こそはトップ争いを目指しロス・ブラウンを招いた直後だったので、本当に残念だ。

スバルと WRC の関わり合いも深く、レガシィでのデビューに始まり、1993年に WRC を狙って設計されたインプレッサにバトンタッチしてからは、水平対抗エンジン+シンメトリカル AWD という基本性能の良さもあり、優勝争いをするほどの地位を得ていた。トヨタ、日産といった他の日本メーカーも参戦していたが、あまり続かないなか、三菱とスバルは戦い続けてきた。

さて、今回のこれらの撤退判断は、米国の金融危機を発端とする不景気に突入したことを理由としている。いずれのメーカーにとっても、イメージリーダーの役割を担い、技術開発を最前線で経験できる貴重な位置づけであったと思う。特にホンダは創始者である本田宗一郎というカリスマ的人物が、常々、レースは「走る実験室」と位置づけ大事にしてきた部分もあり、今回の撤退はかなりの苦汁をなめる決断であることは間違いない。

それほどの決断をしたということは、それほど、今回の金融危機は自動車メーカーにとって一大事だということを意味しているのだろう。その動きを敏感に察知して、素早い対応をとったとして、ホンダを評価する向きもある。私も同感だ。現在のモータースポーツ、特に F1 は莫大な予算がかかりすぎるとも言われるし、その最先端技術も生産車の技術とは少しかけ離れすぎている感がある。

いうまでもなく、T型フォードが誕生してからちょうど 100年が経過し、奇しくもその発祥の元であるアメリカから始まった金融危機は、これまでのクルマという価値観を大きく替えるタイミングだろう。スピード、パワー、の向上に奔走し、同時に憧れを得られてきたこの 1世紀の価値観は、優しさ、持続可能性、共存へと変化を変えてさらに押し進められていく事だろう。決して、パワー、スピードが「悪」だとは思わないし、個人的にも依然として十分魅力的な価値を感じるが、それだけでは寂しい、ということを言わざるを得ない。

ところで、この 1世紀にわたる時期を第一期とすると、この第一期は欧米を日本が追いかけ、後に日米欧が中心なる百年だった。しかし、これからの新時代は、中国、インドが主軸に加わることも間違いなく、そのアジアの一員としても日本は存在する。その変革期を実感で味わうことができるのはうれしい限りだ。世間では口を開けば不況不況という人々であふれているが、逆に考えると、この 100年に一度の変革期に存在でき、実体験できる幸運とも考えられる。日本がその突破口を開く事だってあるだろう。

筆者は経済学には疎く感覚論で恐縮だが、景気は人の気分、流行、だと確信している。また、現在の社会構造を考えると、不景気イコール環境負荷低減となると考えられ、排出権取引なしにマイナス 6%だって可能かもしれない、と何も悲観に明け暮れる必要もないだろう。バーチャルで必要以上の消費をひたすらに追い続ける(た?)流行も一段落して、必要最小限な消費と、GDP ではない価値判断が訪れる事を期待したい。そうすると、おそらくモータースポーツは少し形を変え、相変わらずにクルマとカーメーカーを牽引する役割で存在し続けることになるのではないだろうか。

<長沼 要>