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think drive (32) 『 EV と ABC ペダル 』
新進気鋭のモータージャーナリストで第一線の研究者として自動車業界に携わる長沼要氏が、クルマ社会の技術革新について感じること、考えることを熱い思いで書くコーナーです。
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第 32 回 『EV と ABC ペダル』
7月末から三菱自動車は個人向け i-MiEV の受付を開始したが、8月 2日には遂に日産自動車が新本社竣工式と同時に、来年度発売が予定されている EV の外観を明らかにした。その名前はリーフ。先行する軽自動車規格の 2台に対して大きいクラスの EV がどの程度の価格で発売されるかは明らかにされておらず、発表は来年発売直前になるだろう。このように、このところのクルマ業界は EV から目が離せない状況になっている。ところで EV はゼロエミッションだったり、燃料補給が自宅で出来たり、とクルマの概念を大きく変える可能性をもっている。そこで、今回は常識的に理解して操作しているつもりのクルマの操作ペダル(通称 ABC ペダル)について考えてみたい。
まずはそれぞれの機能を改めておさらいしよう。
A はアクセルの A。通常加速したいときにこの A ペダルを踏み込む。この場合、クルマでは何が起こっているかというと、加速させるために、多くのデバイスを動かすことを制御が自動に行なう。具体的には、そのクルマのシステムに依存するので一概には言えないが、基本的にはガソリン車はスロットルバルブを開く、ディーゼル車は燃料量を増やす指示を出す、ハイブリッド車はエンジンと電気モーターによる出力を増やす、ことをする。このようにシステムにより異なるが、結局機能としてはパワートレインが発生する出力を制御するペダルである。
次に B はブレーキの B。クルマを減速や停止させたいときに B ペダルを踏み込む。この場合、殆どのクルマはブレーキシステムの油圧が、タイアの回転を止める作用をする。ハイブリッド車はブレーキ制御だけでなく電気モーターによる回生エネルギー量の制御も行なう。ドライバーがタイアのグリップ力を超えるような踏み方をすると、ABS によって最適なブレーキ力になるように制御される。
そして C はクラッチの C。すでにこのペダルの存在は非常に危うく、日本では 95% 以上のクルマには存在しない。マニュアルトランスミッションという、有段ギアを手足を駆使して操作するシステムにしか必要なく、エンジンの出力をタイアに伝えるのに、適宜最適なギアを選ぶ際、そのギア変速の際に踏み込む。なんだか、過去の存在のように書いてしまったが、筆者の世代ではほぼ誰もがお世話になっていて、その駆使の仕方を競いあった。(おっと、今でもしていた。)
さて、ここで有名な笑い話をひとつ。教習所では”エンジンブレーキを使いましょう”と習うが、いざ実習になった際に、”先生!エンジンブレーキはどこにあるのですか?”と尋ねるひとが居るとか居ないとか…。笑い話になっていないのはご了承頂くとして、確かに、クルマのメカニズムに詳しいひとではなければ確かにわからないかもしれなく、比較的多い質問なのかもしれない。
実は今回のメインテーマはほぼこのエンジンブレーキの話といってよい。もちろんエンジンブレーキなるペダルは存在しなく、エンジンブレーキとはアクセルオフかつブレーキオフの状態における減速力を指す。エンジン車の場合その減速力の源はタイアが逆にエンジンを回すのに要する力(走行時はエンジンがタイアを回す!)なのでエンジンブレーキと呼ぶ。加速力がトランスミッションのギア段によって変わるのと同じく、エンジンブレーキ力もギア段によって大きく変わる。それを駆使するのがエンジンブレーキだ!その昔、ヒール&トー、なる技があり減速時の変速をスムースに、かつその後の加速力を最大限引き出す技が存在した。(おっと、筆者はいまでも行なっている。)
つまり、減速 G の制御を可能とするのはブレーキペダルだけではないのだ。ある程度の減速 G まではアクセルペダルオフとトランスミッション制御で行なうことができる。今のクルマはドライバーがなんらかの特別な操作をしなければ、アクセルオフで得られる減速 G は極僅かに設定してある。この値はほぼ滑走に近い。これまでのクルマはシステム上、この値が自然であり、ドライバーも自然、だと思い込んでいた。しかし、EV の場合はシステムからすると、この滑走感はあえて制御で作っているものだ。もっとも回生エネルギーを成り行き制御?とすると、とても走れないクルマになるので何らかの制御が必要なのはいうまでもないが。
そろそろ本題に入るが、いままでどの EV に試乗しても、この今までの操作感=エンジン車からのりかえても違和感なく仕立ててあり、非常につまらない。ぜひ EV ならではの操縦性を主張してもよいのではないか?!と感じている。これは何も EV だけに限った事ではなく、ハイブリッド車にも言える。どうしてエンジン車の感覚でなければならないのか?実は、この矛盾に気がつかされたのが、他でもないエンジン車だった。
先日、日産の先進技術発表会での試乗車に、ナビ連動でカーブ前にエンジンブレーキを制御する、”アクティブスタビリティアシスト”なるものを搭載したフーガがあった。ナビで次のカーブを判断して、減速を促すアクセルペダルへのキックバックと、その後アクセルペダルを離すと自動にギア選択を行いエンジンブレーキ制御をしてくれる。場合によってはブレーキ制御も行い、速度制御するという優れもの。簡単に言えば、減速力をアクセルペダル一つでできるということ。実にこの感覚が気持ち良かった。ちなみに次期型フーガに同アイテムは搭載されるという。
この制御、エンジン車の場合、スロットルバルブ開度、ギア選定、ブレーキ力、という多くの複雑に絡みあう制御を行なう必要があるのだが、EV の場合、回生エネルギー量制御だけで出来てしまうはず。もっとも、バッテリーの充放電制御との絡みもあり簡単でないだろうが、ぜひ、EV には過去のクルマの概念に引きずられることなく、あたらしい概念を提案してもらいたいと思った。せっかくの 100年に一度かもしれない変革期なのだから、少し冒険してみてはいかがだろう?さすがにハンドルまではフライバイワイヤにするのは早いかもしれないが、加減速を操縦桿みたいにする程度はそれほど早すぎはしないだろう。
クルマにある当り前にあった 3 つのペダルが、二つになり、一つになり、さらにペダルでは無くなる日々も近く感じる今日この頃。ちなみに、ギアチェンジレバーなども、とっくの前に機能面ではあの形状と位置である必要はないだが、ハイブリッド車でようやく変わってきたくらいだから、変化を起こすのって大変なのだろう。
”コンセプトカーをみたら分かるように、技術的にはいつでも出来るよ!”という技術者の声が聞こえてくるが、提供側よりもユーザーのほうが変化を受け入れ難いのかもしれない。
<長沼 要>