脇道ナビ (42)  『コレ、イクラナラ買ウカ?』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第42回 『コレ、イクラナラ買ウカ?』

上海の骨董屋さんの店先で面白いモノを見つけた。高さは 3 センチくらい。銀色をした金属製で、直径が 1.5 センチくらいの六角柱の上に、細かく彫刻された動物が載っている。動物は十二支をはじめ、豚などもある。一つ一つも面白いが、紫檀でできた 10 センチ角くらいの小さな台の上に整然と並ぶと、これまた魅力的だった。

細かくみると、素人目にも雑な仕上げで高級品ではなさそうだった。それに、並んでいた骨董屋さんでも店先に出ていたくらいだから、ガラクタに近いものだったのかも知れない。それでも、台座となっている六角柱が無垢(中身がつまっている)であるためにずっしりとしており、金属の冷たさも本物らしさがあって魅力的だった。それは、金属製のミニカーと共通するものだ。

しばらく眺めていると、骨董屋のおばちゃんが話し掛けてきた。どうやら、商品の説明をしているようだが、日本語しか分からない私にはチンプンカンプンだったが文鎮のようなモノらしい。それでも、私が「ハウマッチ?」と聞くと、数字の表示されていない電卓を突きつけてきた。

つまり、「いくらで売る」ではなく、「いくらなら買うか?」だったのだ。もちろん、骨董の趣味などない私にそんなモノの相場は分からない。あまり安くつけすぎると、あきれられてしまうかも知れない。いや、ヘタをすると、「バカにするんじゃない!」と怒り出すかも知れない。高い値段をつけると、「コノニッポン人ナンニモ知ラナイネ」と法外な値段でつかまされてしまうかも知れない。そのため、何度もハウマッチ」を連発したが、おばちゃんも頑として値段を教えようとしなかった。

仕方がないので、電卓に「50 元」と打ち込んでみた。すると、骨董屋のおばちゃんは「100 元」と修正した。そこで私はそのおばちゃんが打ち込んだ額を「70 元」に直すと、あっさりと交渉が成立した。古新聞で包む段になって、もう一個どうかと聞くので、私が電卓に「二個で『120 元』」と打ち込むと、おばちゃんはニッと笑い「謝謝!」で再度の交渉が成立し「龍」と「豚」を包んでもらった。私としては、おばちゃんの愛想の良い笑い顔が気にはなったが、それなりに面白い買い物だった。

それは、人が決めた相場やお店の価格表示に頼らず、欲しいモノに対していくらなら出しても良いかを、自分自身の価値観で考える買い物のオモシロサがあったからだ。

<岸田 能和>