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脇道ナビ (51) 『迷い道』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第51回 『迷い道』
以前に私が勤めていた会社は私鉄の駅からくねくねした道を入っていった住宅街の中にあった。おまけに、もともとは創業者の住宅も兼ねていただけに、住宅街の街並みに溶け込んだ外観だし、まわりには繁華街やオフィス街に比べ目印となる建物は少ない。そのため、初めてのお客さまにおいでいただくたびに苦労をする。
ある日、最寄りの駅に着いたお客さまから電話がかかってきた。地方から初めておいでになり、駅には着いたけど右も左も分からないとのことだった。仕方がないので、「駅前の銀行の角を・・・」と言った。すると、お客さまは「銀行は駅を挟んで両側にあるけど?」。そう言えば、銀行が両側にあったのを思い出したが、銀行名までは覚えていない。「それでは、太陽はどっち側にありますか?」などと原始的な方法で方角を確認してもらい、何とか、目印の銀行の角を曲がってもらった。それからは住宅街の中に入るので、目印となる商店や建物は、ほとんどなくなってしまう。お客さまの持つ携帯電話に「そうです、そこの白い壁の家を右の曲がってください。エッ?行き止まり。スミマセン、左でした・・・」などとやりとりしながら、何とかおいでいただいた。お客さまから「まるで、リモコンで動くロボットになったみたい」と言われてしまった。
会社では、電話で案内するときの順路も決め、ファックスやメールで送る地図も用意しているが、たいていは何らかの補足説明をすることが多い。お客さまの状況を伺いながら、目印、経路などを付け加えるのだ。それでもダメなら最後の手段は最寄駅までのお迎えに行く。
用意している地図や目印だけで役に立たないのは会社においでいただく最寄駅がいくつかあるからだ。また、その最寄駅からも徒歩、バス、車・・といろいろな方法がある。おいでいただく時刻も明るい昼間とは限らない。そして、お客さまにはよって、土地勘のある人、ない人、手ぶらで来る人、大きな荷物を持ってくる人、急いでいる人と、これまたさまざまだ、
そうした相手の状況、周囲の状況を見極めながら、自分の伝えたいことを、間違いなく相手に分かってもらう工夫をするのが、「デザイン」であり、その「解」は人の数、状況の数だけある。いま、流行りのユニバーサルデザインでは「どのような人にも・・・」ばかりが強調され、デザインの大切なことが忘れられているような気がしてならない。地図を持たずに人生に迷ってばかりの元デザイナーの私が言うのだから、いささか怪しいが。
<岸田 能和>