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脇道ナビ (57) 『チューニングダイヤル』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第57回 『チューニングダイヤル』
高校生の頃まで住んでいたのは瀬戸内海に面した港町だ。もともと、軍港として選ばれた地だけあって、三方を山に囲まれていた。そんな町で中学生から高校生の頃はよくラジオを聞いていたが、昼間は地元のラジオ局しか聞くことができなかった。しかし、深夜になると電波の状況が変わるらしく、東京や大阪のラジオ放送を聞くことができた。当時はそんな都会のラジオ局から流れてくる最新ヒット曲や人気パーソナリティの話が田舎の高校生にはまぶしく、眠い目をこすりながら深夜放送を聞いていた。もちろん、遠くの放送局なのでザザー、ザー、ピーという雑音や、チューニングダイヤルを回してお目当てのラジオ局を探し出すのは一苦労だった。また、雑音の中から突如、「日本ノ労働者ノミナサン…」と、やたらと声の大きい北朝鮮や中国、あるいは今や崩壊したソ連の放送が聞こえてきたのも、今では懐かしい思い出だ。
そうした苦労(?)をして選んだ局だし、ダイヤルを回すのも面倒で、一度聞き始めると、番組が終わるまではダイヤルを回すことは少なく、お気に入りのラジオ局やディスクジョッキーやパーソナリティが決まっていた。
最近のミニコンポや CD ラジオはもちろん、名刺サイズのラジオでも、セットしたラジオ局をボタン一つで選ぶことができるようになっている。そのため、ある曲だけを聴き終わったら、別の局でやっている野球中継の途中経過をちょっとだけ聞き、またまた別の局でパーソナリティのおしゃべりを聞くということがカンタンにできるようになっている。つまり、聞きたいもの、欲しいものだけをつまみ食いできる。
ただ、そのカンタンさと引き替えにしたものがあると思う。チューニングダイヤルを回しているときに聞こえてくる別の局に寄り道したり、声高な主張をする外国の放送を聞いたりする。そんな迷い道に入り込むことはなくなった。あるいはチューニングダイヤルを慎重に回しながらお目当ての局を探し出すときのドキドキ感もなくなってしまった。
同じようなことは電子辞書やインターネットの検索エンジンにもある。確かにお目当ての情報にカンタンに手に入れるようになったが、それと引き替えにその途中や周りにある雑音に出会うオモシロさがなくなった。そんなことに、淋しさやもどかしさを感じるのはアナログオヤジの単なる感傷なのだろうか?
<岸田 能和>