脇道ナビ (58)  『分かっちゃいるけど、やめられない』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第58回 『分かっちゃいるけど、やめられない』

社会人としては、まだ駆け出しの頃、部門長のカバン持ちのような仕事をしていたことがある。そのため、部門長たちが集まる会議にお伴として出席することがあった。もちろん、私は資料の配布や会議用機材を操作する雑用係であり、部門長たちが話す内容などは、チンプンカンプンだった。そのため、ついつい睡魔に襲われてしまい、他部門の人から「あんなエライ人が居並ぶ会議で居眠りができるなんて、よほどの大物か、それとも・・・」との評判が立ってしまった。

そんな会議でも、たまには目が醒めるようなこともあった。それは、ある商品に対するお客さまからのクレームにどう対応するかを話し合う会議だった。意見交換をするうちに営業の部門長が、顔を真っ赤にして、机をたたき、「お客さまから商品を叩きつけられて怒られている。今すぐ、何とかしてくれないと、たいへんなことになる!」と怒鳴った。すると、別の部門長も「そうだ、そうだ、すぐに生産を止めるように、ここから電話しよう」などと言い始める。また、別の部門長は「部品を納めている例の会社は取引停止だ」と言い出す。そんなやりとりを聞いていると、事情がよく分からない私までもが、「そうだ、そうだ、すぐになんとかしなければ」と思い始めていた。

しかし、私がカバン持ちをしていた部門長は「ちょっと、待ってください、まだ、彼らからの話を聞いていない。」と言い、クレームの調査を担当した若手技術者たちの発言を求めた。彼らによると、製品に問題はなく、ユーザーの誤操作によるものだった。ただ、一部のユーザーが感情的な反応をし、それをマスコミが煽ったのが、大きな問題に発展したとのことだった。

すると、ある部門長が「なぜ、最初にそれを言わないんだ!」と言ったが、若い技術者にしてみればエライ人が並び、エキサイトした雰囲気の中で縮こまっていただけで、「それなら、最初に聞け!」と思ったことだろう。

やがて、会議は冷静さを取り戻し、ユーザーの誤操作であるにしても、取り扱い説明には改善の余地があることや、広報対応、個別のユーザーへの対応策が話し合われて散会となった。

会議室を出るとき、感情に流されて議論する怖さにぞっとした。そんな経験をしたのは、ずいぶんと昔のことだが、未だに好感を持っている人の発言、声の大きな人の発言、言い回しのうまい人の発言に、何も考えずに、すぐに「そうだ、そうだ」と追従するのは悪い癖だと思っている。

<岸田 能和>