脇道ナビ (65)  『カラーアンテナ』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第65回 『カラーアンテナ』

古い映画をテレビで見ていたら、「この映像はモノクロです」という表示が出た。どうやら、色がついていない画面を見てテレビが故障した、と勘違いしないようにとの配慮らしい。そんな白黒の映像を見ながら、テレビでカラー放送が始まった頃のことを思い出した。最初は、カラー放送は一部の番組だけで、新聞のテレビ欄には「カラー」のマークが入っていた。また、ごていねいなことに、番組の始めに「この放送はカラーでお送りします」と表示されていたのだから、今とは逆だ。そんな表示があれば、白黒ではなく、なんとかカラーで見たいと思うようになるのが人情だろう。やがて、各家庭が競うようにしてカラーテレビを買い求めていった時代があったのだ。

そんな時代にあった有名な話がある。それまで、テレビアンテナは銀色(アルミ色)と相場が決まっていた。しかし、あるメーカーが赤く着色したものを売り出し、大ヒットした。当然のことながら、白黒放送でも、カラー放送でもアンテナは変わらない。それなのに、なんとなくカラーテレビなのだから、赤く着色されたアンテナのほうが映りは良いと思わせる。そして、何より、「我が家はカラーテレビを買ったのだ」ということを、ご近所の皆様にアピールできる。そんなことがあってか、赤く着色されたアンテナは喜ばれた。わざわざ、通りから見える場所にアンテナを立てさせたお客さんもいたとも聞く。また、一部には「カラーテレビには色のついたアンテナでないと映らない」とお客さんをだましたインチキ電器屋もいたという話もある。

当時、そんな話を聞いて、デザイナーを目指していた純粋(?)な若者だった私は、「なんとも、ばかばかしい話だ。性能に関係ないのに、『色』でごまかそうなんて!」と思った記憶がある。しかし、今ではアンテナに色をつけることを考え出した人はスバラシイと考えている。当時のカラーテレビは、たいへんな金額だった。そんな買い物をしたことを誇らしく思い、ご近所に見せびらかしたいと思うのは当たり前のはずだ。また、だからこそ、買ったものを大切に使っていた。そんな人のキモチを大切にしてあげることもデザイナーや商品企画に関わる者としては大事なことであると思うようになったからだ。

ただ、最近は、見せびらかしたくなるようなモノ、長く大切に使いたいと思うようなモノが少なく、何よりもそんなモノを自慢したいと思うご近所、友達がいなくなっていることのほうが気がかりだ。

<岸田 能和>