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脇道ナビ (71) 『スーッと開く』
自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。
【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある
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第71回 『スーッと開く』
我輩はガブである。背中に白くて小さな羽根のような模様があるので、飼い主が聖書に出てくる天使ガブリエルにちなんで、つけた名前である。弟のじゃじゃまるとこの家にやってきた。まあ、最初はネコをかぶっておとなしくしていたが、飼い主が猫かわいがりをしてくれるので、今ではやりたい放題の毎日を楽しんでいる。
特に面白いのは、おばあちゃんの部屋の探検だ。この部屋の扉は足が不自由なおばあちゃんのために、軽く動く引き戸になっている。だから、この引き戸は我輩でも鼻先で押すとカンタンに開く。もっとも、弟のじゃじゃと一緒に探検をしているのが見つかると、飼い主が金切り声で「ガブ!じゃじゃ!入っちゃダメって、何度言ったら分かるの」と追い掛け回してくれるので、我輩たちとしても面白くて仕方がない。
我輩たちが何度もおばあちゃんの部屋に入るので、飼い主たちも困ったようだ。寝たふりをして飼い主たちの話を聞いていると、この引き戸では前々から苦労しているらしい。引き戸にしたのは、開き戸のように扉の開くスペースが要らないので、足の不自由な高齢者のためには最適だと何かの本に書いてあったそうだ。ただ、問題はその引き戸があまりにも軽く動くことだった。改造前に工務店から「指一本で軽く動きますよ」と言われ、飼い主は「ウンウン、軽いというのは良い。それならおばあちゃんもらくだよね。」と喜んで注文した。
しかし、実際に使い始めてみると、その「軽さ」がけっこう仇になることが分かった。つまり、少しだけ開けようとしてもスーッと開いてしまい、反対側まで行って「ガタン」と大きな音を立てる。また、開けながら体を支えようとするのだが、動きが軽いだけにおばちゃんも一緒になって動き、転びそうになってしまう。それが、またまた我輩たちの登場で軽く動く引き戸の悩みが大きくなった。
さすがに飼い主もさんざん、悩んだようで金物店から「キャッチ」と呼ぶ金具を買ってきて取り付けた。そう、食器棚などのドアがすぐには開かないようするばね式の金具だ。なるほど、そんな金具を取り付けられると我輩がいくら鼻で押しても開けることは出来なくなってしまった。
どうやらそんなことがあってから、我輩の飼い主は引き戸だけでなく、レバー、スイッチの操作は軽ければ良いとは限らないことを思い知ったようだ。できれば、時と場合によって調整できると良いとも言っている。そんな飼い主のひざの上で我輩はおばあちゃんの部屋の引き戸が開く一瞬を狙うしかなくなった。
<岸田 能和>