脇道ナビ (76)  『あたまのてっぺん』

自動車業界を始め、複数の業界にわたり経験豊富なコンセプトデザイナーの岸田能和氏が、日常生活のトピックから商品企画のヒントを綴るコーナーです。

【筆者紹介】
コンセプト・デザイナー。1953年生まれ。多摩美大卒。カメラ、住宅メーカーを経て、1982年に自動車メーカーに入社。デザイン実務、部門戦略、商品企画などを担当。2001年に同社を希望退職。現在は複数の業界や職種の経験で得た発想や視点を生かし、メーカー各社のものづくりに黒子として関わっている。著書に「ものづくりのヒント」(かんき出版)がある

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第76回 『あたまのてっぺん』

あたまのてっぺんが痒い。掻いていると、指に血が付いていた。どうやら、できもののようなものができ、それを掻いているうちに傷になったらしい。傷の具合がどうなっているのかが知りたくて、洗面台の鏡につむじを映してみた。しかし、つむじを映すには顔を下に向けねばならず、その角度からは鏡が見えない。しばらく鏡につむじを向けておき、パッと顔を上げて何とか見ようとする。そんなことをやっても残像が見えるはずはないが、ついついそんなことをやってしまう自分がおかしくてたまらなかった。仕方がないので、手鏡を持ってきて、洗面台の鏡と合わせて見てみたが、薄くなりかけたあたまのてっぺんに小さな傷があり、人生のたそがれを感じさせただけだった。

自分の頭のてっぺんだけでなく、身体の後ろも自分自身の目で見ることはできない。見えないところだからこそ、気をつけないといけないことは誰でも知っているはずだ。しかし、そんなことにお構いなしの人も少なくない。たとえば、混雑した電車の中でデイパックを背負っているひとである。身体を動かすたびにごつごつしたデイパックが後ろにいる人たちにあたる。背の低い子供たちは顔を直撃されるが、デイパックの持ち主は自分の背中で何がおきているか分かっていない。

あるいは、繁華街の人ごみの中を歩いていると、キャスターのついた買い物用バッグを引いている人たち出会う。彼らの引くバッグは自分の身体より後ろにあり、路面のでこぼこで左右に揺れるが、ぐいぐいと引っ張って進む。誰かに当たろうが、無関心だ。私自身もそんなバッグのキャスターで靴を轢かれたことがある。もちろん、空港や駅でも同じようなことがある。特に、もう一方の手には別のカバンやおみやげ袋を提げ、急いでいる人には要注意だ。引っ張っているキャスターバッグが手から離れないでいてくれさえすれば、だれかに当たろうが、だれかの靴を轢こうが、どうなっているかには関心はないからだ。

自動車の運転免許には牽引免許という種類がある。いわゆるトレーラーというクルマの免許で、運転台とエンジンだけのクルマとそれが引っ張る荷台車に別れたクルマを運転ができる。まっすぐに引っ張るのならともかく、くねくねした道で荷台車を思い通りに動かすのはかなりのテクニックが必要なので、普通のクルマより免許を取るのも難しい。

自分の背中に無頓着な人に会うたびにデイパック免許やキャスターバッグ免許も作るべきだ・・・と思ってしまう。

<岸田 能和>