コモディティ化こそが究極の差別化戦略

◆ホンダの福井社長、ホンダの環境技術戦略は他の自動車メーカーとは違う

<2007年01月21日号掲載記事>

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【自らはやらない領域を明らかにする】

産経新聞の取材に対する本田技研工業・福井威夫社長の回答には驚いた。

トヨタは松下と、日産は NEC とそれぞれ共同で車載電池(リチウムイオン二次電池)を開発する予定だが、ホンダはどうするのかという問いに対して、「ホンダは電機メーカーからの調達を継続する」と自社開発の意向がないことを明らかにした。

さらにトヨタ、日産、GM が自社開発の意向を明らかにしているプラグイン・ハイブリッド車(家庭用コンセントから充電可能なハイブリッド車。以下 PHEV)についても、「プラグインは循環型エネルギーを実現させるための根本的な解決策にならない」と、実質的に自社開発の意思がないことを示唆したからである。

このように自動車メーカーが自らは取り組まない技術開発領域を明示することは異例である。通常は、将来の法規制、社会・経済環境、顧客の嗜好の変化や、競合の動きへの対応の余地を残すためにあらゆる可能性を追求(少なくとも検討は)するものである。

特に環境技術に関しては、世界的にカーボンニュートラルな代替燃料への関心が強まっていたり、ディーゼル車比率の高い欧州が燃費基準遵守を義務付ける方向にあったりと状況が不透明である。

さらに、米国は民主党の意向も汲んで労働組合や農業団体の支持もあるバイオエタノール燃料を推進しようとしているように見える一方で、 PHEV の技術開発を支援しようという動きも見せている。後者の背景には、PLC (電力線通
信)普及と同時に自動車を家庭用電源からの充電に依存させることで国家の民生関与・安全保障の強化に繋げたいという米国のエネルギー・情報通信戦略もあるとも言われ、方向感は定まっていない。

こうした状況を踏まえて日産は先月発表した「ニッサン・グリーン・プログラム 2010」において、自社開発に取り組む製品として、超低燃費ガソリン車に加えて、クリーンディーゼル車、FFV (エタノール含有率を問わないガソリン車)、ハイブリッドおよび PHEV、燃料電池車、EV (電気自動車)を上げており、既存の商品構成の中に CNG (天然ガス)車、LPG 車も持っている。

また、モータ、バッテリ、インバータなど電気を動力源(の一部または全部)に使用する際のキー部品や、燃料電池スタックも自社開発するとしている。

いわば、他社がやっていて自社にまだないものはないか、将来ニーズが出てきそうなものはないか、世界地図の中から空白地を見つけ出してその白地図の完全な穴埋めをしていくに等しい壮大な技術開発戦略だと見ることが出来る。

そうした中でホンダひとりが PHEV やリチウムイオン電池(現在トヨタはハイブリッド用二次電池としてニッケル水素を採用しているが、PHEV 実現にはリチウムイオン電池への移行が不可欠だといわれている)の自社開発には取り組まない、と決断することは大変勇気のいることだし、それを外部に宣言することはさらに大きな胆力を必要とすることだと思う。

【外部資源活用の効果】

だが、自社開発をしないからと言ってホンダが PHEV を放棄するのかといえば必ずしもそうとは言い切れないだろう。地域別組織を取る同社の場合、地域の顧客ニーズや法制度が PHEV を必要とするのであれば商品体系に加えないわけにはいかないだろうし、福井社長のコメントも外部調達の可能性まで否定したものではない。外部資源を活用すると言っているのである。

このように宣言することの効果は大きい。

第一に、限られた内部の経営資源をホンダが取り組むべき領域に集中できるから、その部分での開発のスピードや水準が強化できる。

第二に、社内の意思統一が図られ、全社方針と矛盾・重複する研究開発テーマが自律的に排除・修正されるから、工数、投資、キャッシュフローの無駄がなくなり、コスト競争力や財務的な柔軟性が向上する。

第三に、社外から安心して高性能な技術・高品質の製品が持ち込まれるようになり、本業以外の部分での競争力の向上も期待できる。

トヨタがいすゞと資本・業務提携した意味も同じ文脈で捉えることができる。トヨタとしては、ハイブリッドや PHEV、燃料電池開発に社内の資源と意識を集中したいが、世界の業界リーダーとして代替燃料への適応性も高いディーゼル・エンジンというオプションと技術的知見を用意しておかないわけにはいかない。

従って、少なくともディーゼル・エンジンの一部は、その技術とともに製品を外部から調達してくるという選択肢が合理的に導き出される。だが、それでは製品・技術の提供元であるいすゞの不信感を払拭できないであろうから、潔白の証として資本参加を行なったものだと考えられる。

日本一の企業体力と世界一の開発リソースを持つトヨタでさえこうした考え方を取っていることを考えると、「ニッサン・グリーン・プログラム」のような全方位的開発戦略を遂行していくためには相当急速かつ膨大な資源の蓄積が要求されよう。

同社は、現在外部調達によって軽自動車を商品体系の中に加えていっているが、もしかするとそこで経営資源を一気に節約・貯蓄し、「グリーン・プログラム」遂行に備えようとしているのかもしれない。

【コモディティ化戦略の目的】

だが、自社開発をやらないと決断し、宣言することの裏にある戦略的な意図、より本質的な効果は上記に留まらないのではないかとも思われる。それが「コモディティ化戦略」である。

「コモディティ化戦略」とは、自社開発以外の領域を意図的にコモディティ(汎用品)化させ、競争の焦点を自社開発領域に移行させる戦略のことである。ホンダのケースでは、リチウムイオン電池をコモディティ化させることになる。

世界販売 400 万台という規模と、環境技術に先進的・積極的に取り組んできたという評価により影響力の大きい企業が「リチウムイオンの自社開発は行なわない」と宣言することで世界のあちこちにサプライヤが現れ、過当競争により価格が急低下し、リチウムイオンがコモディティ化することが考えられる。ちょうど半導体や液晶などの分野で起きているような現象である。

それによってホンダは仕入先の多角化、仕入れ交渉力とコスト競争力の強化が出来る。それだけではなく、電池分野に投資を行なってきた競合他社の優位性を消失(逆に負の遺産化)させ、さらに競争の焦点を電池以外の部分に移行させることも場合によっては可能になる。その新たな競争の焦点がホンダが重点的に自社開発に取り組んできた分野であれば、ホンダはそこで先駆者利益を享受できることになる。

何かとてつもなく不気味で非現実的な推察をしているかのように思われるかもしれないが、このような事例は異業種において過去何度も起きている。

・Microsoft は、PC というハードをコモディティ化させて、IBM と Apple を駆逐しただけでなく、競争の焦点を OS に移行させることで先駆者となった。

・さらに Microsoft は、ブラウザを OS に無償で統合してコモディティ化し、Netscape を駆逐し、競争の焦点である OS での優位性を強化した。

・日本では Yahoo! が、電話回線とモデムをコモディティ化して NTT を駆逐し、競争の焦点をインターネット上のサービスに移行させて先駆者となった。

・Yahoo! はさらにネットオークション・システムをコモディティ化して世界最大の e-Bay の日本進出を失敗に終わらせた。

・その Microsoft も Yahoo! も、新興の Google に OS やネット上の B2C サービス・ビジネスをコモディティ化され、競争の焦点は B2B サービスに移行しつつある。

狙い通りに「コモディティ化戦略」が成功すれば、競争の焦点は他社が手掛けておらず、自社だけが技術開発に取り組んできた領域に移るから、究極の差別化戦略となる。単なるアウトソーシング戦略とはレベルを異にするのである。

【コモディティ化戦略のリスクとその解決】

言うまでもないことだが、コモディティ化戦略にはリスクを伴う。

第一に、自社ではコモディティと位置付けた外部調達領域が結局競争の焦点となってしまった場合である。リチウムイオン電池の性能がクルマの性能を決するという事態に陥ると、コモディティしか調達できないことで競争力を喪失する恐れがある。

第二に、外部調達領域が期待通りにコモディティ化しなかった場合である。リチウムイオン電池のサプライヤ数や供給力が思ったほど増えないとか、価格が思ったほど低下しないといった場合、内部に安定的な供給ソースを持たないことが競争上不利になる。

第三に、外部調達領域はコモディティ化したけれども競争の焦点が自社開発領域とは全く別のところに移行して行ったり、自社開発領域もコモディティ化してしまった場合である。

ホンダのケースでは、自社開発領域を太陽電池としているが、電力価格が急激に下がった場合や、シャープなど他の太陽電池メーカーが普及品を大量供給するような事態になれば、自社開発のための投資や時間が無駄になりかねない。(もっともこれはコモディティ化戦略固有のリスクではなく、いかなる技術開発戦略を取っても避けられないリスクである。)

こうしたリスクを回避しようとすれば全方位型の開発戦略しかないことになるが、それには別の問題点があり、業界トップ企業にとってすら容易でないことは既に述べたとおりである。

となると、最良の選択肢は、内外に経営者が考える未来の自動車社会像と、自社の開発戦略を明らかにし、それに内在するリスクを承知・納得した上で付いてきてくれる従業員やサプライヤ、投資家と一緒に仕事をしていくということだろう。ホンダの勇気あるチャレンジを賞賛するとともにぜひ他社もこれに続いて欲しい。

<加藤 真一>