クルマにも価格破壊が訪れるのか?

◆激安車の開発競争、「中国やインドなどの新興メーカーに負けられない」

インド・タタ自動車は来年に「2200ドル(約26万円)」の格安車を市場投入する。「デザインも悪くない」と試作車を見た業界関係者は語ったという。中国・吉利汽車は3900ドルの低価格車を作っており、スズキはインドで4400ドルのクルマを販売している

2004年に競合車より約40%安い7200ドルで市場投入した「ダチア・ロガン」を大ヒットさせているルノーのゴーン社長は「3000ドル未満」を目指す。

トヨタ、VW、フィアット、プジョーは低価格の『ローガン・キラー』を開発すると宣言。トヨタが開発中の格安車は7000ドル以下になる見込みで、2009年にインドやブラジルで発売する予定。GMは韓国のGM大宇を使い、ダイムラークライスラーは中国の奇瑞汽車を使い低価格車を開発中。

<2007年05月01日号掲載記事>

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【販売拡大が見込まれる低価格車】

現在の自動車メーカーの開発テーマで、今後の世界の自動車市場を最も大きく左右するクルマの開発は、ハイブリッド車でも燃料電池自動車でもなく、既存の価格相場を破壊する低価格車の開発かもしれない。

低価格車の開発は今に始まったことではない。新興市場の代表格である中国やインドにおいて、地場の自動車メーカーは、技術面で圧倒的に先行する日米欧の自動車メーカーに対抗するために、低価格車の開発を進めてきた。ここで中国・インドの自動車市場の現状を振り返ってみたい。

今や世界第 2 位の自動車市場となった中国においては、これまで、中国国営の自動車メーカーと提携して合弁生産を進める海外自動車メーカーが、この市場を主導してきた。各メーカーとも製品ラインの拡充を進めており、競争の激化に伴い、価格の下落が続いている。かつて、海外メーカーが現地生産した 15~ 25 万元(約 230~ 380 万円)の高級車が市場を牽引してきたが、価格下落が進展した結果、現在では 10 万元(約 150 万円)程度の価格帯のシェアが拡大している。といっても、これらの購買層は、拡大しているとはいえ、都市部の富裕層が中心となっている。昨年の北京の労働者の平均年収は約 3.6 万元(約 55 万円)だったという。この年収相場からすれば、10 万元以上の海外自動車メーカーのバッチがついたクルマの値段は年収の 3 倍以上であり、とても買える値段ではない。地場のメーカーが既に 3 万元(約 46 万円)程度から商品ラインを展開しているが、品質・製品レベルも向上してきていると言われており、今後、より低い所得層や地方都市に市場が拡大していく中で、確実にシェアを伸ばしていくと見られている。

一方、インドにおいては、もっと低価格化が進展している。現在でも 45 %程度の圧倒的なシェアを誇るマルチ・ウドヨグ(スズキとインド政府の合弁会社)は、主力車種マルチ 800 (旧式のアルトベース)を 20 万ルピー(約 54万円)程度で展開している。これでもインドの年収相場から考えれば圧倒的に高価な買い物であり、クルマがごく一部の富裕層に限られた存在であることには違いない。この市場に、今よりも半分近い値段のクルマを投入すれば、確実に購買層が広がると予想されている。実際、世界最大級の市場を形成する二輪車の価格相場が 5 万ルピー(約 13 万円)程度と言われており、価格下落に伴い、二輪車ユーザーからの移行も予想される。

つまり、こうした新興市場において、良質な低価格車が待望されていることは間違いないだろう。世界の自動車市場は、今後 5年間で 11 百万台以上拡大すると言われているが、その大部分は、既に成熟期に達した先進国市場ではなく、こうした新興市場によるものだと予想されている。つまり、グローバル展開を進める自動車メーカーにとって、低価格車の開発は無視できないテーマとなっている。

【低価格車の開発状況】

先月、インドのタタ・モーターズは 22 百ドル(約 26 万円)の低価格車を来年市場投入すると発表した。吉利汽車や奇瑞汽車に代表される中国の民族系自動車メーカーは、低価格車の海外輸出にも力を入れ始めている。そうした新興市場の自動車メーカーの攻勢を、グローバル展開する先進国の自動車メーカーも無視できなくなりつつある。

ルノーが 2004年に投入した低価格車「ローガン」は 72 百ドル(約 85 万円)は大ヒット商品となっており、生産が追いつかない状況だという。ルノーだけではない。ダイムラークライスラーは、昨年奇瑞汽車と提携して低価格車の開発を推進することを発表した。その他、トヨタや VW もルノー「ローガン」に対抗できる低価格車の開発を進めているという。

市場毎に環境は多少異なるが、これまで圧倒的な技術力の差を武器に、新興市場での販売拡大を目指してきた海外メーカーも、低価格車の開発に注力し始めていることは間違いないだろう。

【先進国市場への展開の可能性】

こうした動向が影響を与えるのは、所得水準の低い新興市場に限った話ではないかもしれない。

日本でも、昨年の国内販売は、「軽高登低」(軽自動車の販売が好調で、登録車=軽自動車を除く乗用車が低迷した)という言葉が飛び交った。登録車の販売が 3年連続で減少した中、軽自動車が初の販売台数 200 万台を突破したからである。勿論、軽自動車のメリットは安いことだけではないが、安いクルマで十分と考える購買層は着実に増えていると考えて間違いないだろう。

また、米国でも、原油価格の高騰を受け、燃費の良い小型車への注目が高まりつつある。特に、かつては市場を席巻した大型ピックアップ・ SUV から、クロスオーバーと呼ばれる小型 SUV へのシフトが進んでおり、この分野で先行していた日系自動車メーカーに対抗し、米国ビッグ 3 も商品ラインの充実化を進めている。

欧州においても、かつて主力であった C セグメントから B セグメントへの移行が進んでおり、不振であった A セグメントもシェアを伸ばしている。燃費規制も強化される中、この傾向は今後も継続すると見られる。

こうした先進国市場において、必要最低限の装備を備えた低燃費・低価格の小型車が投入されれば、それなりの販売シェアを持つ可能性は十分にあると考えられないだろうか。

【クルマの二極化の進展】

現在の成熟した先進国市場においては、低価格化が進んでいるというよりは、原油価格高騰に伴う低燃費志向と、ライフスタイルの多様化に伴うクルマの二極化が進む傾向にあるのではないかと考える。

実際、国内の販売市場においても、登録車の販売が一様に落ち込んでいるというわけではない。昨年の輸入車新規登録台数を見ると、全体では若干の減少となっているものの、VW、BMW、Mercedes Benz の 3 大ブランドは前年よりも台数を伸ばしており、特に BMW、Mercedes Benz はともに前年比 7~ 9 %程度増加となった。台数自体が少ないものの、Aston Martin や Bentley など 2 倍前後に拡大させている超高級車メーカーもある。また、一昨年国内販売を開始したが、販売不振と言われたレクサスも、昨年は旗艦モデルである LS を投入し、回復基調にある。既存モデルよりも高い価格帯であることを考慮すれば、高級車人気が低迷しているとも思いにくい。

つまり、ライフスタイルの多様化が進む中、クルマ=移動手段、つまり車両価格も維持コストも安い方が良いという購買層と、クルマに性能、ステイタスなどの付加価値を求め、高級なものを志向する購買層に二極化が進んでいるのではなかろうか。

日本で本格的なモータリゼーションが始まって 40年以上経ったが、クルマの価格相場は、これまで大きな価格破壊に巻き込まれることなく、高水準を保ってきた。しかし、こうした二極化が進むと、将来的に価格破壊が始まる可能性もあるのではなかろうか。腕時計のように、1,000 円前後で十分に機能するものが買える世の中で、一部のユーザー向けに数十万円から数百万円の高額な商品も販売される、という時代が来ても、何ら不思議はない。

そうした時代が来るとすれば、テレビやパソコンなどの家電製品のように、新興市場のメーカーの安価な製品が国内市場に流入し、価格低下を推進する可能性もあるだろう。クルマの価格破壊を礼賛するわけではないが、新興市場のメーカーの製品を「品質レベルの低い安物」と馬鹿にするのではなく、価格面でもこうしたクルマと勝負できる低価格車の開発を真剣に取り組む必要があるはずであり、だからこそ、前述のような開発が活発化しているのだと考えられる。

サプライヤの立場になって考えれば、既存の製品よりも大幅にコストを削減できる素材、部品、製法等の新技術が歓迎されるのは、単に自動車メーカーの利益追求だけではないと考えた方が良いだろう。そのために、新興市場の地場のサプライヤの競争力を改めて見直すことも有効かもしれない。

<本條 聡>