タイの洪水被害について

今回は、「タイの洪水被害について」をテーマとした以下 4 問のアンケート結
果を踏まえてレポートを配信致します。

https://www.sc-abeam.com/sc/?p=5930

 ・「タイで自動車産業が集積化した理由について」
 ・「代替生産を図る上でネックとなるポイントについて」
 ・「自動車部品メーカーのタイでの生産方針への影響について」
 ・「代替生産・調達を実現した要因について」

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【タイでの自動車産業集積について】

 10月初旬より発生したタイの大洪水により、首都バンコクの郊外にある 7 工
業団地が被害を受けた。報道によると、日系約 450 社を含む約 730 社もの工
場が冠水した。

 また、上記のような直接被害に加え、下請または納入先の被災・生産状況に
より生産調整を余儀なくされるといったサプライチェーンの分断による間接被
害も甚大となった。

 これまでタイから完成車・自動車部品の輸出が日本・ ASEAN 他地域等へ広く
展開されており、今回の被害はタイ国内に留まらず日本を含めた他地域での生
産にも影響を及ぼすこととなった。

 ここまで自動車産業への被害を大きくさせた要因として、各種報道ではタイ
へ集中的に産業集積化を進めてきたことを挙げている。

 タイはアジアのデトロイトと呼ばれており、実際に日系自動車メーカーの生
産台数でも下記の通り上位生産国に位置している。

 トヨタ)日本、米国、中国に次ぐ 4 番手
 ホンダ)日本、米国、中国、カナダに次ぐ 5 番手
 日産) 日本、中国、メキシコ、米国、英国に次ぐ 6 番手

 
 そもそも、何故タイに自動車産業が集積することになったのであろうか。弊
社メールマガジンの読者に「タイに自動車産業が集積化した背景として、最も
大きな要素は何か」と伺ったところ、「タイの国民性・日本人駐在員の居住環
境等文化的要素」が最も票を多く集めた。
  
[タイで自動車産業が集積化した理由]

 ・「タイの国民性・日本人駐在員の居住環境等文化的要素」:28 %

 ・「新興国の中で比較的整備されているインフラ環境」 :20 %

 ・「進んでいる経済連携協定/自由貿易協定締結」 :20 %

 ・「優遇税制」       :16 %

 ・「現地サプライヤの高い技術・品質レベル」  :15 %

 ・「その他」       : 1 %
  
 勿論、政府主導の自動車産業育成方針があり、積極的な経済連携協定締結/
エコカープロジェクト等の優遇税制等はある。

 それだけではなく、一般的に勤勉と言われるタイの国民性や特に駐在員・そ
の家族が快適に仕事や生活できる環境を踏まえ、最終的に進出を決断された企
業も多いと思われる。タイの日本人会や日本人学校は世界最大規模のものとな
っており、中小企業を中心に特に初めて海外へ進出する企業の選択肢としては
こういった文化的要素が後押ししたことに間違いはないであろう。

 結果として、報道によればタイには Tier1 が約 600 社、Tier 2 が約 1,700
社といった大規模なサプライヤー群が形成されおり、日産がマーチをタイに生
産移管し、現地調達率 9 割超を実現できるような自動車産業の集積化が図られ
た。また、直近では三菱自動車が世界戦略車であるミラージュをタイで生産す
る予定である。
  
【洪水からの復旧】

 タイに進出している日系自動車メーカーでは、工場が直接被災したホンダを
除いて 11月中旬よりタイでの生産再開を果たしているが、生産台数への影響は
甚大である。生産を再開したものの一部車種に留まっており、世界生産への影
響は日系乗用車メーカー全体で少なくとも 40 万台弱になるとの報道がある。

 被害は甚大であるものの、代替生産を始めとしてサプライチェーンが急速に
回復した為、自動車メーカーの生産再開への復旧スピードは想定よりも早かっ
たのではないであろうか。

 各種報道でも着目された代替生産であるが、そもそもそれを図る上で何が一
番ネックとなるのであろうか。読者の皆様に伺ったところ、以下のような集計
結果となった。
  
[代替生産を図る上でネックとなるポイントについて]

 ・「原材料・部品の代替調達」     :36 %
   代替調達先を探すのに時間を要すること、または特殊設計のた
   め代替調達が困難であること、等

 ・「生産設備の利用可能性」     :22 %
   専用設備の搬送可否、設計柔軟性、等

 ・「代替生産場所の確保」     :15 %
   代替生産拠点がないこと、または他拠点の稼働率が高く余剰ラ
   インがないこと、等

 ・「質的人員不足」      :13 %
   生産ノウハウ、スキルが現地作業員に蓄積されており、他者で
   は代替がきかないこと、または一から教育するには時間が掛か
   り過ぎること、等

 ・「量的人員不足」      :10 %
   突発的に纏まった数の作業員を集めることができないこと、等

 ・「資金調達」      : 2 %
   突発的に纏まった資金を調達するのが難しいこと、等

 ・「その他」       : 2 %
  
 「ヒト」、「モノ」、「カネ」といった切り口では、「モノ(部品や生産設
備等の問題)」がネックとなっている。調達先や生産条件の変更により品質確
認に多大な時間を要することや、専用治工具類の存在等が挙げられる。

 今回は、それをサプライチェーンを担っている部品メーカー自身が自社の他
拠点で代替生産に取り組み、自動車メーカーの早期生産再開を実現した。以下
は読者の皆様に「代替生産・調達を早期に実現した要因」について伺った結果
である。
  
[代替生産・調達を実現した要因について]

 ・「部品メーカー自身が、自社の他の生産拠点
                  で代替生産に取り組んだこと」:35 %

 ・「自動車メーカーが、代替生産拠点の確保・
                     調達に取り組んだこと」:23 %

 ・「同業の他の部品メーカーが、代替生産を引き受けたこと」 :17 %

 ・「政府・自治体が、代替生産のための規制緩和等の支援
    (タイ人労働者の日本への早期受入対応等)を実施したこと」:12 %

 ・「その他」       :13 %
  
 実際に、部品メーカーでは冠水したタイ工場から金型を引き上げ、防錆等適
切な処置を施して他地域で代替生産を行う努力をされたという話も伺う。また、
採算は二の次として、供給責任の観点から代替生産先から航空便で納入してい
るところもある。

 一方で、それ以外の選択肢に票が 6 割超集まったことにも注目したい。東日
本大震災時に半導体の供給が停止したことで自動車生産全体が停滞した経験を
踏まえ、経済産業省が本来競合関係にあるルネサス エレクトロニクスにタイの
洪水で被災したロームの生産支援を要請し、実現したという事例もある。

 このように東日本大震災の時と同様に官民含めた業界横断的な支援もサプラ
イチェーンの早期復旧に大きく寄与したであろう。
  
【タイの洪水被害を踏まえた部品メーカーの海外展開】

 日系自動車メーカー各社は今回の洪水被害を受けても、今後タイでの生産を
縮小していくという報道はなく、被災前に各種機関で予測されていた 2015年の
車両生産 300 万台への影響もそれ程大きくはないように捉えられている。

 一方で、東日本大震災に続くタイの洪水によるサプライチェーン寸断の経験
を踏まえ、自動車部品メーカーでもより強靭なサプライチェーンの構築が求め
られることになった。

 今後もタイでの車両生産は増加していくとした場合に、日系自動車部品メー
カーのタイでの生産方針はどのようになるかを読者の皆様に伺った。
  
[自動車部品メーカーのタイでの生産方針への影響について]

・「タイでの車両生産の増加に応じて、タイで生産能力増強を行う」 :40 %

・「タイでの生産は被災前水準レベルの回復・維持に留め、車両生産
  増による供給不足部分は他 ASEAN 地域等での生産能力を増強する
  ことで対応する」      :30 %

・「タイでの生産能力は減少させ、タイでの減少分及び車両生産増加
  分は他 ASEAN 地域等での生産能力を増強することで対応する」 :15 %

・「その他(タイからは撤退等)」    :15 %
  
 今後タイで生産が増えていく分に関しては、「タイ以外での生産で対応する」
との回答が「タイでの生産能力増強を行う」という回答を上回った。

 然しながら、他国で生産すればリスクマネージができるかというと必ずしも
そういう訳ではないと思われる。インドではマルチスズキがストライキによる
工場停止で苦しんだことや、中国でもデモや外資規制があるし、その他新興国
においても治安や生活・居住環境も考慮する必要があり、天災は日本やタイば
かりで起こるものではない。

 リスクマネージは何かが起きることを回避するだけではなく、何かが起きた
時に迅速かつ柔軟に対応できるかも重要であろう。

 日系自動車メーカーがコスト競争力の観点から韓国・中国部品メーカーの採
用を始める等の例も増えてきており、日系部品メーカーは足場固めが重要であ
ろう。また、急速に拡大する新興国市場では欧州や韓国自動車メーカーが大き
なシェアを持つ国もあり、今後日系部品メーカーが成長戦略を描く上で海外自
動車メーカー向けへの取り組み拡大も重要になってくる。

 このように海外部品メーカーとの競争が激しくなる中で、震災や洪水の苦難
を通じて得られた経験、復旧の早さや生産の柔軟性という点が日系部品メーカー
の一つの武器になり得るのではないだろうか。

                                                 

<横山 満久>