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新年に際して‐成熟債権国を支える日本の自動車産業‐
『新年に際して‐成熟債権国を支える日本の自動車産業‐』
2012年の幕が開けた。
改めて列記するまでもなく、昨年は日本の自動車産業にとって過去最大の試
練の年だった。
しかし、苦境の中にあっても想像を超える回復の成果が沢山報告された。結
果、日本の自動車産業の底力を世界に印象づける年にもなった。一方、急速に
変化する外部環境に適合していく中で、日本の自動車産業の進むべき道が自然
に方向づけられてきたように思う。
新年にあたり、日本の自動車産業の置かれた立場と方向性を少しマクロ的視
点で経済全体から見つめ直してみたい。
【経済指標から見る自動車産業の立ち位置】
昨年 12 月、日本貿易会が今後の経済見通しを発表した。
これによると 2011年度の日本の貿易・サービス収支は輸出の落ち込みや原発
の代替燃料の輸入急増などにより 7900 億円の赤字となる見通しである。しか
し、2012年度には主力輸出品目の回復と資源価格等の下落によって約 3 兆円の
黒字に転換する見通しとなっている。
日本の自動車関連輸出額は 2010年で 67 兆 4 千億円、輸入額は 60 兆 8 千
億円(日本自動車工業会)で、差し引き約 7 兆円の貿易黒字だ。しかし成長す
る海外市場対策として今後製造業の海外進出は拡大し、また超円高の影響もあ
り、自動車セグメントで貿易収支がバランス方向にあるのは誰の目にも明らか
であろう。
国全体で 3 兆円の黒字である。自動車の 7 兆円の黒字がバランス方向にあ
るとすると、中長期的に日本経済は貿易赤字の流れにあると言えよう。
(補足:自動車セグメントの動向とは別に、今後定期点検に入る原発が順次停
止することになった場合、化石燃料輸入が急増、貿易・サービス収支は恒常的
に赤字となるとの見方もある。(日本経済研究センター 第 37 回改訂中期経
済予測))
一方で、国際収支統計(財務省)をみると日本の所得収支は 2005年以降一貫
して貿易収支を上回っている。 2011年度は 14 兆 2 千億円、2012年度は 14
兆 3 千億円に上る見込みである。(日本貿易会見通し)
【未成熟債権国から成熟債権国へ】
こういった状況を経済学者クローサーの学説に当てはめ、日本は「未成熟債
権国」から「成熟債権国」に転換しつつあると言われる。
貿易収支、所得収支の黒字が続き、対外純資産が積み上がっていく未成熟債
権国の時代から、貿易収支は赤字に転じるが蓄積してきた対外純資産からの利
子、配当による所得収支でその貿易赤字を埋め、経常収支の黒字を維持する成
熟債権国に移行する段階である。
日本経済の屋台骨を支える自動車産業自身が正にこういった時代を迎えつつ
あるものと思う。自然災害や経済・政治変動リスクを分散・ヘッジするために、
また新興国市場を取り込むために、何よりも超円高対策として、対外投資は今
後も拡大しよう。これにより将来多額の配当が国内に還流する時代を迎えるこ
とになろう。
【還流資金の活かし方】
ポイントは還流してくる莫大な資金をどう日本のものづくりの発展に活かし
ていくか、にある。
第一に取り組まなければならないのは最少最適生産規模の更なる縮小であろ
う。従来、乗用車の組み立て工程では年産 15~ 20 万台、エンジンやトランス
ミッション部品の加工やプレス成型の工程を考慮すると年産 30~ 40 万台くら
いが一般的な最少最適規模とされた。しかし、日本にはこれよりも小規模であ
っても競争力のある生産拠点が既にあるとされる。
直近ではトヨタの東北工場(トヨタ東日本)での取り組みや NGA (ニュー・
グローバル・アーキテクチャー)プロジェクトを引き合いに出すまでもなく、
今後他国が追随できないレベルまで更にこういった縮小化に繋がる取り組みを
日本発信型で高度化していくことが望まれる。
最少最適規模の縮小化を強化し、これを今後不安定さが増すとされる海外拠
点に上手に応用できれば、欧州・韓国勢を中心とする国際競争でも中長期的に
有利な立場を作り出すことができるに違いない。
【自動車産業の裾野を広げる国内投資】
為替もふくめ厳しい環境下にあって、トヨタがいう 300 万台、日産・ホンダ
のいう 100 万台の国内生産規模が長期的に維持できれば、還流する資金を使っ
て夢のある技術を日本から世界に発信できよう。
例えば、
・パワートレーンのイノベーション(内燃機関関連技術、電気自動車関連技術)、
・新素材のイノベーション(炭素繊維などの活用技術、)、
・情報技術のイノベーション(スマホなどの端末と車が繋がる技術)、
・新燃料のイノベーション(藻などの再生可能エネルギー)、
・エネルギー・ネットワークのイノベーション(スマート社会への貢献)、
等だ。
全ては、日本の先進技術を活用した取り組みである。
【成熟債権国を支える日本の自動車産業】
米国は 1980年代に成熟債権国 となったが、その後「債権取り崩し国」に陥
落したとされる。還流する資金をうまく将来技術に活用できなかったからだ。
現在でも、折角アイフォーンで世界を席巻するモデルを世に送り出しはしたが、
開発・生産体制の大半が米国外で、稼いだ現金の 6 割が米国に戻ってこないと
言われる。これでは国の繁栄に直接結びつかない。
昨年 11月に来日したバフェット氏は「日本は何があっても前進をやめない国
だと確信した」と述べた。持続的な成長を重要視する同氏の投資姿勢の御眼鏡
に適う日本企業はたくさんあろうかと思う。こういった長期的な期待に応える
べく、OEM だけでなく部品メーカーも製造の海外進出の「次の」成長ステージ、
即ち、還流資金を使った国内での新たな成長ステージを見据えていなかければ
ならないだろう。
経産省の発表(昨年 12月 21日)では外資 10 社が日本に研究開発拠点を新
たに設置するようだ。外国勢も日本で開発することの意義を再認識し始めたよ
うに思う。
還流する膨大な資金で次世代の自動車立国を構築し、持続可能な「成熟債権
国、日本」を支える役割が今後の自動車産業に期待されるように思う。
<櫻木 徹>