日本車の個性

『日本車の個性』

◆(J.D.パワーの目)~前略~「他国ブランドに比べ日本ブランドの商品魅力度
  の数値は平均して低い。日本メーカーは信頼性の高い自動車を設計・製造す
  ることには極めて秀でているが、より顧客をひきつけるエキサイティングな
  車を開発する能力の向上が喫緊の課題となっている。」~後略~ 

                  <2011年12月26日日刊自動車新聞> 

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【自動車産業の特性】

 日本の家電・半導体業界が業績不振にあえいでいる。

 最近マスコミの方から以前にも増して「日本の自動車業界は大丈夫か?」
「先々、家電・半導体業界と同じ道を歩むのではないか?」といった質問を受
けるようになった。

 確かにリーマンショック以降、日本の自動車業界は円高や韓国・欧州車の攻
勢などにより一時期の勢いを失ったように見える。

 ただ「家電・半導体業界と同じ道を歩むか?」という問いに対しては、そう
いった現下の経営状況とは別に、自動車そのものが持つ商品特性を見つめ直し
た上で答える必要があろう。

 自動車業界が家電・半導体業界と大きく違うのは「個性」に対する期待度の
大きさと考えている。

 家電製品やコンピューターは、例えば画像密度や処理スピード、記憶容量な
ど優れた仕様を安く、タイムリーに提供できる会社に軍配が上がりやすい。定
量的、客観的な指標で優劣がついてしまう傾向が強い。もちろん工業製品であ
る以上、品質や信頼性が担保されていることは前提条件だ。

 一方、自動車は定量的な指標だけで評価するのが難しい商品である。肌感覚
や乗り心地、イメージやフィーリングといった何とも掴みにくい人間の五感に
訴える部分が販売に大きく影響する。ある意味、ブランドもののバッグや洋服、
靴、時計といった商品に共通するところがある。

 
【欧州車の個性】

 販売が低迷している国内市場にあって、最近欧州製輸入車の販売が好調であ
る。円高ユーロ安で買い得感が高まったことが最大の原因だろう。

 しかし、国産車との比較で価格や性能など定量的指標に違いがなければ欧州
車が選ばれることも多くなってきたとされる。国産車のユーザーが欧州車のデ
ィーラーに来場するケースも増えているという。

 こういったユーザーは欧州車独特の個性に惹かれるのだろう。

 今でこそ小国が林立する欧州だが、かつては周辺の国々を支配し大国であっ
た歴史を持つ国が多い。元々それぞれの国自体が個性豊かな地域だ。必然的に
夫々のブランドにこだわりが芽生えてくる。

 例えば、プジョーとシトロエン。両ブランドは 2004年に竣工した ADN と呼
ばれる拠点をデザイン・センターとして共有している。しかし、筆者がかつて
内装に影響する電装部品の紹介に ADN を訪れた際には、両ブランドの個性が全
面的に押し出され、採用の是非も両陣営の切り口で大きく正反対に分かれたの
が大変印象深かった。

 ダイムラーと BMW も然りである。既に 10年以上前の話となるが、ドアミラー
にウィンカーを付けるプロジェクトがあり採用寸前まで行ったが、片方が先に
市場投入してしまったのを受け、遅れた方がそのプロジェクトを取り辞めてし
まった。長い開発期間と資金を費やしていたにも関わらず、また両社の検討し
ていた基本技術は全く違ったものだったにも関わらず、だ。「個性」や「他社
との違い」を重視する欧州メーカーの潔さがこの時も印象的であった。

 こういったこだわりを反映してか、スタイリングはもとよりメータの配置・
色彩、ミッションのシフトパターンに始まってブレーキのフィーリング、加速
特性に至るまで各ブランドの個性が光っている車が多い。
 
【個性の源泉】
 
 国そのものの生い立ちに加え、個性の源泉はその車が開発される走行環境に
よっても大きく左右されよう。

 ドイツでは何といってもアウトバーンの御利益が大きい。時速 150 キロで走
っている先行車をフルスロットルでキックダウンしてアッと言う間に 200 キロ
以上に加速して追い抜いてしまう環境だ。高速時の加速性能もさることながら、
時速 200 キロで走っている車が急ブレーキをかけても車両の後部を振ることな
く安全に止まる車がユーザーのニーズとして求められる。

 (余談だが、かつて EU 統合の議論が活発化した際、アウトバーンの無制限速
 度区間を撤廃する案が論点になった。これに対し、ドイツ自動車業界は個性維
 持のために徹底してこれに反対し、「速度無制限」を守り通した経緯がある。)

 こういった仕様は他国のマーケットでは過大で実際には必要とは言えないも
のだが、ドイツ車の強い個性として消費者にアピールする要素となっているの
は間違いなかろう。

 では、日本の走行環境はどうだろうか?

 改めて考えてみると、「細く曲がりくねった道」、「アップダウンの激しい
山坂道」、「渋滞の多さ」、「夏は蒸し暑く冬は豪雪地帯もある」など、車に
とって大変厳しい走行環境を抱える国だ。日本は自動車の個性を醸成するのに
大変恵まれていると言えよう。
 
【今後日本車に求められるもの】

 だが、標題の記事にもある通り、概して日本車のブランド戦略は成功してい
るとは言い難い。冒頭の質問がマスコミから寄せられるのも、日本車の個性が
なくなり家電製品と同質化されてきていることの裏返しであろう。

 その原因の一つは明らかなように思う。

 経営環境が激変する中で「先ずは生き残りのために」全精力を上げて取り組
むべきことが他に沢山あったから、だろう。

 新興国対策では、これまで成長国市場の白地図を埋めるために、早期にその
土地にあった車を提供しシェアを押えていくこと、これはグローバル戦略の第
一フェーズとして最大の課題であった。こういった課題に真摯に取り組むこと
で最近では各市場で追い上げ姿勢も明確になってきた。

 次に環境対策。日本勢が得意とする低燃費車だが、「低燃費」だけでは強い
個性を放つことにならないようだ。

 J.D.パワーの調査によると総合的な車の魅力度に対する「燃費」の影響度は、
最も高いコンパクトセグメントでも 8 %に過ぎないという。

 低燃費は車購入を検討する際の非常に重要な要件ではあるものの、ユーザー
の満足度を上げるためにはそれだけでは不十分で +αの個性が必要になってく
るという。

 更にコスト戦略。OEM 車などに代表されるようにコスト競争力を高めるため
の他社との提携戦略があるが、ややもすると個性という観点からはブランド力
を薄める側面を併せもつ。

 新興国戦略、環境対策、コスト戦略、そして差別化のためのブランンド戦略。
これらは重なる領域を持つ異心円の集合体である。相いれない部分もあるが、
やり方次第で全てを満たす戦略も十分考えられる。

 日本の細く曲がりくねった道でも快適・安全に走行できるよう全幅を絞った
車格と和の特徴を強調するデザイン。

 部品の共通化は押し進めても決して質感を落とさず日本独特の先端素材を多
用した内装。

 動力性能であれば、山坂道でも快適なドライブができる足回りと、エコ・モー
ドだけでなスポーツ・モードも前面に押し出したトランスミッション。

 そして、短距離・短時間の走行でも十分走りを楽しめる瞬発力のあるエンジ
ン。日本の走行条件の中で鍛えられる性能には先進国市場だけでなく、成長国、
新興国で共感を得られる要素もあるかと思う。
 
 最近は上記した喫急の課題がクリアされつつあることから、先の東京モーター
ショーを見ても、個性豊かな車を導入する動きが活発化してきたようだ。

 その国の走行環境そのものは他国のメーカーでは逆立ちしても真似できない
特殊要素だ。今後はこういった日本独特の風土や開発環境を世界に発信し、日
本車の DNA として永続的に他国車との差別化を図っていくことが肝要だと思う。

<櫻木 徹>