異業種と取り組む新たな開発アプローチ

◆運転者が居眠りする前兆を検出できる「居眠り運転防止座席」、東大が開発

居眠りする人の血液の流れや呼吸の状態を観察し、居眠りの10分程度前に末梢血管の血流量が一定のパターンで増える前兆が現れることを発見。シート背面に磁気回路センサーと圧力センサーを組み込むことで、眠る前に警告ができる「居眠り運転防止シート」を東京大の金子成彦教授(機械工学)らの研究グループが開発した。

飲酒した状態でも、居眠りの前兆と同様に、血液の流れや呼吸状態に特徴が出ることから、『飲酒運転防止シート』も開発していく方針。

<2007年02月18日号掲載記事>

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最近、スキーバスが起こした交通事故が大きくニュースに取り上げられた。原因は過酷な長時間運転に伴う居眠りにあったと報道されている。交代要員の配置不備等の問題だけでなく、規制緩和による価格下落に伴う労働環境の悪化など業界構造自体の問題も問われている。こうした部分については根本的な改善が求められるが、少なくても居眠り運転を防止する技術が普及すれば、今回のような被害件数を減少させることは可能かもしれない。
実際、交通死亡事故の原因で最も多いのが「脇見運転」(居眠り運転を含む)である。警察庁の統計によると、全体の 14.7% を占め、その割合は増大傾向にある。つまり、交通事故死傷者数を減少させる上で、居眠り運転を防止することは最重要課題の一つであることは間違いないだろう。

【居眠り運転防止技術に関する取り組み】

居眠り運転防止に関する技術は、自動車業界でも早くから取り組んでいる。既に実用化されている例を出すと、トヨタが運転手の顔の向きを検知し、脇見運転や居眠り運転を検知するシステムを昨年 Lexus GS450h や LS460 に搭載している。ミリ波レーダーを用いた同社のプリクラッシュセーフシステムと連動し、ドライバーモニターと呼ばれるステアリングコラム上部に搭載したカメラが、運転手の顔の向きを検知し、正面を向いていない可能性が高いとき時には、通常よりも早いタイミングで警報ブザーや表示を作動させて運転手に注意を促し、更に衝突の危険性が高まり、運転手が正面を向いていない可能性が高い場合は、警報ブレーキにより、体感的に危険を知らせる機能となっている。

また、日立製作所は、静岡大学と共同で、まぶたの開閉を検知する装置を開発しており、1、2年後に実用化を目指している。ダッシュボード上に設置した装置から近赤外線を照射し、カメラで観測することで、まぶたの開閉を検知するという。

その他、過去のモーターショー等では、三菱自工がステアリングやクラッチ等のクルマ自体の操作量から注意力低下を検出し、警告する装置を、日産はナイルス部品と共同開発した CCD カメラで瞬きの回数や時間を監視して居眠りに入りそうな状態を検知する装置を発表していた。

このような画像処理技術を応用した居眠り運転防止装置の実用化は、着実に進められている。

【「居眠り運転防止シート」の新奇性】

そうした中、これまでとは全く切り口を変えた、居眠り運転を防止する新技術が先週発表となった。東京大学を中心とした研究グループが発表した「居眠り運転防止シート」は、シート背面に組み込んだセンサーが、入眠予兆(眠くなる前の前兆)を検知し、居眠り状態になる前に警告を発することができるという。シート背面に組み込まれた磁気回路センサーと圧力センサーにより、運転手の体の動き、心拍数、呼吸数をシートに着座した状態で計測することができ、居眠りの 10分程度前に現れる末梢血管の血液量が一定のパターンで増える前兆現象を検知するという。特に身体に何か装置を取り付ける必要がなく、センサー自体も小型のものを開発し、通常のシートと同等のサイズである点も、実用性が高い技術と評価できる。

今回の研究グループは、東京大学(機械工学)、大分大学(電気工学)、島根難病研究所(医学)、デルタツーリング(シート設計)という業界・分野を超えた構成となっている。デルタツーリングは、シートメーカーのデルタ工業のグループ会社で、シート設計だけでなく、プレス金型や製造設備も手がけるグループ内のエンジニアリング会社のような位置づけである。自社製品としても、快適性とサポート感を両立させる独自のシートだけでなく、介護用のマットや救急車用の防振架台など、独自技術を応用した商品を手がけている。今回の研究グループでも、同社のシート設計技術が研究テーマの実用性向上に大きく貢献していると想像される。

研究グループは、飲酒状態の生体信号の解明にも取り組んでおり、今後飲酒運転防止シートの開発も進めていくという。同じ装置で、居眠り防止と飲酒運転防止を兼用できるとすれば、採用する自動車メーカーの立場に立てば、有難い話である。同様の技術で、運転手の個人認証(エアバッグやミラーの設定等)や、肉体疲労状況やの検知など、様々な用途への活用が出てこれば、さらに魅力的になると考えられる。

【異業種との開発における相乗効果】

今回の居眠り運転防止技術は、これまでのものと明らかに違う発想・アプローチで開発されたものである。工学系技術と医学系技術を掛け合わせることで、新しいモノを開発したといえる。クルマ自体の性能向上のためにも、センサー自体の精度を高め、実用レベルにまで性能を向上させていくことが求められており、こうした技術の多様性が増してくると、複数のセンサーを組み合せてより良いものを作る、といったことが可能となり、さらに実現性が高まると考えられる。

昨今、自動車以外の分野からの技術導入は着実に進んでいる。クルマを運転するのがヒトである限り、人体を検知する技術は高いニーズがあり、医療技術の応用には大きな期待がかかっている。こうした、異業種間・産学間の連携が進むことで、新たな技術が生まれる可能性も高まるのではなかろうか。

<本條 聡>