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Windows Automotiveに見る製品アーキテクチャ
(マイクロソフト、「Windows Automotive 5.0」の提供を開始したと発表)
カーナビやカーオーディオなど車載情報端末向けの新しい基本ソフト(OS)で自動車メーカー、車載情報端末メーカー、車載情報端末開発者などに供給していく。氷点下や高温など厳しい環境になる車内でも、情報端末を素早く起動できる安定性が特徴。地図や情報の表示速度も速めた。「カーナビ先進国である日本企業と米マイクロソフト本社による共同体制」で開発したという。
<2005年7月12日号掲載記事>
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そもそも一般の消費者は、マイクロソフト及び Windows が自動車分野でどういう役割を果たしているか、認識しているだろうか。1999年にマイクロソフトはクラリオンと共同開発で車載用 PC (AutoPC)を発表し、米国で発売した。そして、2003年にはクラリオンが国内市場にも投入した。マイクロソフト、Windows というと、PC のイメージが強く、自動車用といっても、こうした車載用 PC をイメージし、現在世の中に広く普及しているカーナビゲーションとは関係ないと思っている方も多いと思う。
しかし、実はアルパイン、ケンウッド、デンソー、パイオニア、パナソニック、三菱電機等、多数のカーナビメーカーが、自動車用 Windows を OS に採用したカーナビを市場に投入している。多くの消費者は、自分の車のカーナビがWindows 上で動作していると気付かないままに使っているのではなかろうか。
なぜ Windows と気付かないのか。それは画面表示が PC で使い慣れた Windowと全くもって異なるものだからである。自動車では運転手が画面を注視しながら運転するわけにはいかず、画面表示もシンプルでわかりやすいものが求められる。一方、カーナビの多機能化は各メーカーに消費者に伝えやすい付加価値であり、オーディオ、DVD 映像、ハンズフリー通話装置等、統合される機能は年々増加している。したがって、高度化、複雑化する機能と見やすさ、使いやすさを両立する操作系(画面と操作スイッチ等)、いわゆる HMI (Human Machine Interface)を市場から求められており、大きな差別化要因となるため、各社独自の HMI を提案している。
一方、カーナビメーカーにとっては、開発工数も大きな課題となっている。カーナビ自体の多機能化も進む一方で、統合される周辺機能も増加している。パナソニックによると、過去のナビ機能のみの製品の時には画面数は約 200 だったものが、通信、マルチメディア等の多機能化が進んだ現在の製品では 5 倍の約 1,000 画面となっている。一方で、他社と差別化するためにも、より使い勝手の良い HMI が求められ、魅力的な新製品をタイミング良く投入することも求められる。特にアフター市場においては、毎年機能を充実させた新モデルを投入しなくては、他社との競争の中で生き残れない。したがって、従来の開発方式をより効率的なものに変えていくことが求められている。
これらのカーナビメーカーの抱える課題に対し、マイクロソフトが提供するソリューションが組み込み OS、Window Automotive である。マイクロソフトは、かつて自動車産業への戦略において同社が前面に出る形で、車載用 PC(AutoPC)としてのポジションを得ることを目指していたが、2002年以降、各自動車メーカー、カーナビメーカーが独自に HMI、アプリケーションを設計できる組み込み OS を提供する戦略にシフトしている。そして、今回発表となったのは、その最新版である、Windows Automotive 5.0 (以下 WA5.0)である。WA5.0 は、WindowsCE のプラットフォームをベースに、自動車の使用環境に耐える信頼性、自己診断機能、電力設計や、AUI (Automotive UI Toolkit)と AST (Automotive System Tools)の 2 つのカーナビ用の開発ツールを加えたものである。
AUI は、カーナビ用 HMI 開発ツールであり、アプリケーション等機能面とユーザーインターフェースを分離することで、カーナビメーカー各社が独自の HMIを効率的に作成するためのツールである。これにより、カーナビメーカーは、ブランド、車種、セグメント、内装の色調、ユーザーの趣向等にあわせた画面を効率的に開発することが可能となり、消費者にとって、使いやすさ、楽しさを向上させることが可能になる。その他、XML データの活用等、テレマティクス対応に求められる機能も取り込まれており、各メーカーの工数削減と独自性追求の両立に大きく寄与する。
一方、AST は、開発リソース配分を最適化するツールであり、組み込み OS には必須といえるものである。これまで、多機能化によるメモリ、CPU時間、IOアクセス等、リソースの増大に対して、ハード側の増強によって対応してきた。しかし、車載装置という環境では、スペース、電力、コスト、動作環境等の制約も大きく、限られたリソースの中で対応することが求められる。AST は、このリソース配分の最適化を支援することで、パフォーマンスを最大限に向上させるものと言え、多機能化が進むカーナビ開発に寄与するものと言える。
マイクロソフトは、カーナビメーカーの課題を解決するソリューションを提供する黒子的な存在になることで、シェアを拡大してきた。この戦略には、同社が PC 業界で培ってきたネットワークの外部性を活用したものだといえる。OSは、単体では消費者に付加価値をもたらすものではない。アプリケーションプロバイダ、ここではカーナビメーカーや自動車メーカー、その他サプライヤと提携することで、ネットワークを広げてきた。このネットワークが拡大すればするほど、自社の開発にも規模のメリットが生まれ、全体のコスト低減が図れると同時に、開発環境、アプリケーションの充実化も進むため、提携先にとって欠かせない存在となり、業界におけるポジションも確固たるものとなる。
マイクロソフト自身も、自動車用のアプリケーションの開発を諦めたわけではない。事実、高度な機能がさほど要求されていない北米、欧州市場向けには、「Windows Mobile for Automotive」という別のソリューションを用意している。日本においては、組み込み OS というプラットフォームを利用するネットワークを広げることで、自動車業界への参入を成功させたと言えるだろう。
業界で良く引用される東京大学藤本教授が提唱する製品アーキテクチャ分類によると、自動車は、クローズ・インテグラル型アーキテクチャであり、マイクロソフトのホームグラウンドである PC 等が属するオープン・モジュラー型アーキテクチャと対極にある。各分類の概要を整理すると以下の通り。
モジュラー型: 個々の構成部品が独立しても高い機能を持ち、これらを
寄せ集めることでも製品として成り立つ。
インテグラル型: 構成部品が複雑に絡み合っており、これらの組み合せに
よって製品の機能が成り立つ。
オープン型: 各構成部品のインターフェースが、業界レベルで標準化
されている。
クローズ型: 各構成部品のインターフェースが、1 社内で囲い込まれ
ており、基本設計自体を 1 社が担っている。
(詳細は、下記コラムでも紹介している東京大学藤本教授の「能力構築競争」 参照。
業界人が読みたい1冊『能力構築競争』)
これまで、日本の製造業が、自動車に代表されるクローズ・インテグラル型で強みを発揮してきた。「ケイレツ」、「カイゼン」といった自動車産業のモノづくりも、このアーキテクチャで最適化されているものである。
かつてのカーナビ開発においても、これは例外ではなかった。μ-ITRON をベースに、各社独自のソフトウェア開発を進め、独自のノウハウを蓄積していた。現在もカーナビメーカー各社は、低価格機種を中心にμ-ITRON ベースのカーナビを販売している。今後、通信機能を絡めた多機能化が求められている中で、カーナビ業界の開発スキームは WA5.0 のような汎用組み込み OS への移行期にあるのではなかろうか。
自動車業界においては、この自動車部品=クローズ・インテグラル型という既成概念が強く、他社、他系列、他業界のものを取り込むことに抵抗を感じるメーカーが少なくない。しかし、視点を変えれば、カーナビ開発のように、オープン・モジュラー型のコンセプト、開発手法を取り込むことで進化することが可能となるものもあるのではないだろうか。自動車業界に革新的なイノベーションをもたらすために、柔軟な思想と変革マインドを持って課題解決に取り組む企業の登場を期待すると同時に、弊社としてもそうした企業を支援していきたい。
<本條 聡>