将来の日本市場における、クルマの価値

 

今回は、「将来の日本市場における、クルマの価値」をテーマとした以下のア
ンケート結果を踏まえてレポートを配信致します。

https://www.sc-abeam.com/sc/library_s/enquete/6531.html

 ・将来の日本市場において、クルマに最も求められる「価値」とは

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【クルマの本質的な価値】

 将来の日本市場におけるクルマの「価値」を考察する前に、旧来よりクルマ
が持っている本質的な価値や社会的責任について、今一度整理してみたい。ク
ルマの本質的な価値として、大きく 3 つの要素が挙げられる。

 1 つ目は「便利な移動/運搬手段」であることだ。移動/運搬手段と言えば、
大昔から馬・ラクダ・牛などの動物が主であった。車輪という概念は、紀元前
3,500年頃から既にあったとも言われており、5,000年以上にもわたり「動物に
乗った移動」「動物 +車輪による運搬」という構成は崩れなかった。

 このような歴史の中で、カール・ベンツによりガソリン動力の車両が誕生し
たのは、19 世紀の末である。

 ドアツードアで移動出来るのは、動物や「動物 + 車両」と同じだが、異次
元の力でより速く、また疲れることを知らない(言いすぎだが)クルマという
機械は、ヒトが自らの意思・感覚で操ることをより一層容易にしたと言える。

 2 つ目は「趣味嗜好」的な要素だ。これは、前述の移動/運搬という実利的
な要素とは性質が異なる。好きなデザインのクルマを自らの意思で簡単に操る
ことに魅力を感じる方も多い。「趣味はクルマです」と言い切る方々は、この
「趣味嗜好」的要素が高いと言えよう。

 3 つ目は「ステータスシンボル」であることだ。特に 20 世紀後半の日本で
は、クルマを所有することが社会的地位の象徴となっていた。周囲からの視線
を意識するヒトにとって高額なクルマは、周囲への恰好なアピール手段であっ
た。

 20 世紀中盤から後半にかけての日本では特に、時代背景の後押しもあり、こ
れらの 3 要素全てが大多数の顧客にとってクルマの価値となり得る非常に魅力
的な要素であった。
 
【クルマの社会的責任】

 一方で、クルマの社会的責任という観点では、どのような要素があるのだろ
うか。大きく 2 つの要素が挙げられる。

 最も重要な責任は「安全性の向上」であろう。ヒトや動物のように意思を持
たないクルマは、外況の安全/危険を瞬時に判断することは出来ない。1 トン
もある物体が時速百キロを超えるスピードで走るのだから、「動物 + 車輪」
の時代と比べ危険性は高まる。乗員や外界に対する安全性の確保は、まずもっ
てクルマの重要な社会的責任である。

 もう一つの責任は「環境負荷の低減」だ。人工物の多くは、何かしら自然界
の原材料を使用する。どのような人工物も、製造工程において出来るだけ環境
に負荷をかけないよう造り上げなければならない。温暖化に代表される異常気
象など昨今の急激な地球環境変化は、地球への負荷が高まっている表れかもし
れない。

 化石燃料で動くクルマも電気を使用して動くクルマも共に、製造工程のみな
らず、使用する期間にも地球環境への継続的な負荷を強いる製品となっている。
 
【クルマの価値と責任のバランス】

 上述した、クルマが持っている 3 つの本質的な価値や、2 つの社会的責任に
は、各国の経済成長性や時代背景に伴うバランス変動がある。

 先進国では特に、クルマ誕生以来「クルマへの本質的な価値」が加速度的に
共感され、大量生産方式の確立と共にクルマの消費拡大が進んだ。

 しかしモータリゼーション進化の中で、環境問題や交通事故などが大きな課
題としてクローズアップされるようになってきた。昨今の環境性能/安全性能
への注目度の高まりは、まさに「クルマの社会的責任」への回帰と捉えること
が出来よう。

 新興国を始めとする今後の成長市場においても、このような先進国が辿った
道を急速に追従することになろう。その際には、「クルマの本質的な価値」に
加え「社会的責任」が高度に取り込まれた形で拡大していくものと思われる。

 クルマの本質的な価値と社会的責任のバランスは、経済成長性や国民性によ
って地域/国毎に異なる。グローバルでの時代背景が与える影響も非常に大き
く、価値と責任のバランスは刻一刻と変化し続けている。
 
【日本のクルマの将来市場】

 ご周知のとおり、日本におけるクルマの将来市場見通しは、それ程楽観視出
来るものではない。年間の販売台数が約 780 万台に達していた 1990年に比べ、
現在は 6 割前後まで低下している。既に保有率が非常に高いレベルにあること、
若者のクルマ離れなどの時代変遷等、種々要因が混在している。

 それはまさに、上述したような「クルマの本質的価値」が薄れてきていると
も言えよう。日本における将来的なクルマ市場活性化の為には、「クルマへの
新たな付加価値」を創出することが、避けて通れない道である。

 それでは、このような日本市場において将来(5~ 10年後)のクルマに最も
求められる「付加価値」とは何だろうか。「クルマの社会的責任」も含めて、
皆様にお聞きした結果は以下のようになった。
 
【将来の日本市場で、クルマに求める付加価値】

 ・「燃費/電費性能など、経済性に対する「価値」」  :39 %
 ・「用途適合性/操作性など、利便性に対する「価値」」  :14 %
 ・「移動時の楽しみなど、娯楽性に対する「価値」」  :7 %
 ・「事故回避性能など、安全性に対する「価値」」  :27 % 
 ・「蓄・放電機能など、移動手段以外の機能に対する「価値」」 :9 %
 ・「その他」       :4 %

 「燃費/電費性能などの経済性」が最も多く 4 割近くを占め、次に「事故回
避性能などの安全性」が 3 割近くを占めた。

 この結果は、「付加価値の新設」ではなく「責任の深化」と捉えるべきだと
考える。

 最も票を集めた「経済性に対する価値」は、特にランニングコストとしての
経済性である。購買力確保という観点では車両本体の経済性も当然重要だが、
特にランニングコストの経済性向上は、(例外ケースもあろうが)環境負荷低
減に直結する。

 化石燃料であろうが電力であろうが、いかに少量の資源で継続的にクルマの
持つ機能を発揮出来るか、というのは非常に重要な要素となろう。まさに環境
負荷低減というクルマ本来の持つ社会的責任の深化である。

 その達成に向けて、各自動車メーカーやサプライヤーは多大なる努力をされ
ている。多様な動力源を持つクルマの登場や、軽量化技術などを始めとする燃
費/電費性能向上を目指した新規技術の登場は、その最たるものである。

 また、素材レベルでの環境負荷低減も加速度的に進んでいる。植物由来の原
材料を使用した技術やリサイクル性の向上など、出来るだけ地球環境にやさし
い技術開発が進められている。

 次に票を集めた「安全性に対する価値」では、高齢化社会との関連性から選
択された方も多いのではないだろうか。日本のみならず多くの国で、将来的に
は高齢化が進むと予測されている。高齢ドライバーの認知/判断能力低下を補
う安全技術が何よりも重要だとのご意見も頂いた。

 以前、弊社メルマガで取り上げた「車両予防安全技術の将来動向」では、IT
を用いたクルマの高度化に伴うアクティブセーフティ技術への期待が非常に高
いことがうかがえる。

(詳細は以下を参照頂ければ幸いである)
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=5988

 このような「クルマの社会的責任」の更なる深化は、日本市場に限ったこと
ではない。また、時代の流れに左右されるものでもないはずだ。クルマという
製品が存続する限り、永続的に進化していく(していかなければならない)領
域であろう。
 
【新しい付加価値の必要性】

 一方で、利便性/娯楽性/移動手段以外の機能という 3 要素を選択された方
も合計で 3 割を占めた。これらの 3 要素は、「クルマの社会的責任」という
よりも、従来あまり考慮されなかった新しい要素との側面が強い。

 冒頭で述べたような「クルマの本質的な価値」は、時代の流れと共に徐々に
変化している。趣味嗜好性/ステータスシンボルという要素は、こと日本市場
においては将来的にマイノリティになっていく可能性が高い。時代と共に移り
変わっていく「価値」なのであろう。

 アンケートの結果から、新しい付加価値の中で最も票を集めたのは「利便性
に対する価値」であった。これは、「クルマの本質的な価値」である「便利な
移動/運搬手段」の深化と捉えることが出来よう。

 車両サイズや仕様(使い勝手)などハード面への要望は、移動する距離や道
幅などのルート、運搬する荷種(ヒト/モノ)など様々なシーンによって同一
ユーザーであったとしても異なる。当然のことながら、全ユーザー/全シーン
に完全に適合するクルマ(車格)などあり得ない。

 しかし、現在開発/商品化が加速度的に進んでいる、情報連携を始めとする
ソフト面からは多くの利便性提供が可能となる。移動/運搬というクルマの本
質的な価値をさらに高める機能として、様々な情報媒体と「つながる機能」は
期待度が高い。

 このようなソフト面のメリットは、同一機能で様々なユーザー要望に応える
ことが出来る可能性を秘めていることであろう。各社の戦略によって異なる部
分もあろうが、車格/仕様によらず共通して提供出来ることである。

 移動/運搬時の利便性向上を狙った機能の中には、渋滞情報提供や駐車場/
充電器の空き情報の提供など、既に搭載が進んでいる機能も多く、今後の更な
る充実が期待される。
 
【閉ざされた空間から開かれた空間へ】

 以上のように今回のアンケートでは、将来的にクルマに求められる価値とし
て、安全性や環境性能などクルマのもつ社会的責任の深化や、便利な移動/運
搬手段の深化を求める声が多かった。

 この流れは、日本に限ったものではない。世界的な潮流や各国の外部環境な
どに左右されるだろうが、グローバルでの共通な流れと捉えられる。

 世界的な潮流として特に顕著なのは、加速度的に進む情報化だ。高度情報化
の流れは暫く止みそうにない。情報化の流れを取り込んだ価値の深化/創出は
避けては通れない道のりであろう。これはまさに「車内という閉ざされた空間」
から「車外という開かれた空間」への遷移と考えられる。

 単なる移動手段としての「閉ざされた空間」に対する満足を超えて、他の情
報と繋がりながら便利な生活の一部を担うという「開かれた空間」としてのク
ルマが、その所有価値を新たに産み出すのではないだろうか。

                                  

<川本 剛司>