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シェールガス革命が与える日本自動車市場への影響
今回は、「シェールガス革命が与える日本自動車市場への影響について」をテー
マとした以下のアンケート結果を踏まえてレポートを配信致します。
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=6860
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【天然ガス自動車の種類・特徴】
今回のレポートのテーマは「シェールガス革命が与える日本自動車市場への
影響について」であり、安価なシェールガスが国内に流入することにより、天
然ガス自動車が普及するのかという観点から考察したい。
天然ガス自動車の種類や特徴について、なじみのない方もおられると思うの
で、先ずは簡単にご紹介させて頂く。よくご存じの読者の方は次章からお読み
頂きたい。
天然ガス自動車は、ガスの貯蔵方法により下記 3 種類に分類される。現在、
世界各国で利用されているのは殆ど圧縮天然ガス(CNG)車となっている。
1.CNG(圧縮天然ガス)車 (CNG:Compressed Natural Gas)
天然ガスを気体のまま高圧(20MPa)でガス容器に貯蔵するもの。
2.LNG(液化天然ガス)車 (LNG:Liquefied Natural Gas)
天然ガスを液体で低温容器(-160℃以下)に貯蔵するもの。
3.ANG(吸着天然ガス)車 (ANG:Absorbed Natural Gas)
天然ガスをガス容器内の吸着材に吸着させ、数MPaで貯蔵するもの。
更に、燃料の供給方法の違いによっても分類される。
A. 天然ガス専用車(ガソリン/ディーゼルエンジンベース)
B. 2 系統燃料車
・バイフューエル車:
天然ガス/ディーゼル等、2 種類の燃料のどちらでも走行可能なクルマ
・デュアルフューエル車:
天然ガス+軽油といった混合燃料が使用可能なクルマ
天然ガス自動車の主な長所としては下記が挙げられる。
1.排気ガス中の有害物質(NOx、PM、SOx 等)や、温暖化ガス(CO2)が大幅
に少ないこと
2. ディーゼル車と比較して、エンジン音が静かであり、振動が小さいこと
燃料中の炭素分に対する水素分の比率が高いことや、オクタン価が高く、圧
縮比を上げることが可能であり、また希薄燃焼の安定範囲が広い為、CO2 の排
出抑制が可能となっていると言われている。更に、エンジンの電子制御、触媒
技術、希薄燃焼技術等、技術開発の進歩おかげで、 NOx の排出量を低く抑える
ことが可能。そして、燃料に硫黄を含まない為、SOx は出ない。燃料中の不純
物や高分子の炭化水素が少ない為、ディーゼルで問題になる PM も殆ど出ない
と言われている。また、光化学反応性の炭化水素や CO の排出も、低く抑えら
れている。
このような低公害性の特徴を持つ天然ガス自動車が日本ではどのように普及
しているのか、次章で見ていきたい。
【天然ガス自動車の日本での普及状況】
一般社団法人日本ガス協会の発表資料(2013年 3月 31日時点)によれば、天
然ガス自動車の日本での普及状況は、42,590台(フォークリフト等含む)とな
っている。内訳は、下記の通りであり、 天然ガス自動車ではトラックでの普及
が比較的大きい。
[車種] [保有台数] [構成比率]
軽自動車 9,533 22.4 %
乗用車 1,548 3.6 %
小型貨物 (バン) 5,483 12.9 %
トラック 18,683 43.9 %
塵芥車 3,833 9.0 %
バス 1,560 3.7 %
フォークリフト等 1,950 4.6 %
合計 42,590
日本では、軽乗用車や小型トラック等のガソリン代替車から導入が進められ
た。その後、石原前東京都知事がディーゼル車が排出した煤(すす)の入った
ペットボトルを振りかざし、自動車公害対策の活発な議論を起こし、東京都の
「ディーゼル車 NO 作戦」が発足した。これにより、中大型ディーゼル車の代
替として天然ガス自動車が導入されるようになった。
然しながら、76 百万台と言われる日本の自動車保有台数(四輪)から見れば、
天然ガス自動車の普及は 1 %にも満たない状況である。
世界では、14.5 百万台の天然ガス自動車が走っており、特に下記 5 ヵ国で
は普及台数が 100 万台超となっている。主に自国に豊富な天然ガス資源を持っ
ている国等が上位となっている。
[保有台数] [CNG充填所数]
1.イラン: 2,859,386 1,800
2.パキスタン: 2,850,500 3,330
3.アルゼンチン: 2,044,131 1,902
4.ブラジル: 1,702,790 1,792
5.インド: 1,100,000 724
(出典: 一般社団法人日本ガス協会発表資料(2013年3月31日時点))
【天然ガス自動車の日本での普及課題】
日本で天然ガス自動車の普及速度が緩やかとなっている要因としては、主に
は下記が挙げられる。
[天然ガス自動車の普及が遅れている要因]
1.車両価格(改造費)が高いこと
– 小型ディーゼルトラック(BKG-NPR85AN) : 400万円
– 小型CNGトラック(NFG-NLR82AN) : 490万円
– 大型ディーゼルトラック(PJ-FS54JZ) : 1,500万円
– 大型CNGトラック(KL-CD48L改) : 2,400万円
(出典: 国土交通省資料)
2.一充填当たりの走行距離が短いこと(小型貨物車(バン)で 300km 程度)
3.天然ガス供給インフラが少ないこと
– 天然ガス急速充填所 : 314 箇所
– 給油所数 :36,349 箇所
(出典: 一般社団法人日本ガス協会、資源エネルギー庁)
1.については、政府からの補助金で、通常車両価格との一部の差額補填がで
きることに加えて、国土交通省が特に都市間を走る大型商用車の「ポスト軽油
燃料」として CNG を有力視しており、商用車メーカーにおいても普及を目指し
た本格的な動きが出始めている。いすゞが車両総重量 25 トンの大型 CNG トラ
ックを 2015年に発売する。各種報道によると、これはこれまで既存エンジンの
改造で対応してきた CNG 車を量産仕様に切り替えるというものであり、メーカー
としての本気度を感じるものである。また、高圧ガスタンクがコスト増の要因
の一つとなっているが、タンクの中に天然ガスを吸収する物質を入れることで
タンク内の圧力を減らし、タンクの補強材を削減することで低価格を実現する
というような研究開発も進められている。また、燃料電池車用のタンク技術開
発とのシナジー効果も期待される。
2.については、高圧対応の為に、重量の割には容量が限られていることが、
一回の充填当たりの走行距離が短い要因となっている。現在は、炭素繊維複合
素材と樹脂を用いた軽量化、及び大容量化ついての研究開発が進められている。
また、いすゞが CNG と軽油で走る DDF (ディーゼルデュアルフューエル)エ
ンジンの開発を進める等、航続距離向上に向けた動きが出始めている。
3.については、先ずインフラ設置コストが高いことが一つの原因となってい
る(サービスステーション:@約 7,000 万円、天然ガスステーション:@約
1 億円)。コストを引き上げている要因の一つとして法規制(消防法、高圧ガ
ス保安法、ガス事業法、都市計画法等)が厳しいことがあり、規制緩和等、充
填事業者に対する負担軽減措置といった対応も必要になろう。
日本ガス協会が、天然ガス供給インフラを 2030年迄に 1 千箇所に増やす(CNG
トラックを 50 万台へ拡大)構想をもっているとの報道があり、着実に普及さ
せていくことが期待される。
普及を押し上げる要素としては、低公害性に加えて、実際の購入者/事業主
が天然ガス自動車を使用することによる経済的メリットを享受することが肝要
である。具体的には、天然ガス対応の為の通常車両との価格差を安価なランニ
ングコスト(燃料コスト)で早期に回収できれば、より一層普及は後押しされ
ることになる。
残念ながら、日本は天然ガスという資源の殆どを他国からの輸入に依存して
おり、上述 TOP5 国のような恵まれた環境下にはない。加えて、東日本大震災
での原子力発電所の事故以降、代替エネルギー源として天然ガスの需要が急増
し、輸入コストも大きく上昇しており、天然ガス自動車にとっては向かい風で
あった。
このような状況下で、先日「米国政府が新型天然ガスであるシェールガスの
2017年からの対日輸出を許可した」との報道があり、天然ガスの調達先を多様
化することによる天然ガス輸入価格の引き下げに期待が集まる。
【シェールガス革命が日本の天然ガス自動車市場に与える影響】
このように安価な天然ガスが安定的に供給されることになれば、中長期的に
日本国内の天然ガス自動車市場にはどのような影響があるか、メルマガ読者の
皆様にお伺いした。
[シェールガス革命による日本国内天然ガス自動車市場への影響について]
1.天然ガス車が一定量普及している商用車を中心に、
且つ今後は乗用車でも天然ガス車販売比率は増加する :24 %
2. 商用車の天然ガス車販売比率は増加するが、乗用車には影響を与えない :35 %
3. 商用車、乗用車における天然ガス車の販売比率はともに現在から変化なし :24 %
4. 寧ろ商用車、乗用車共に天然ガス車の販売比率は減少する
(例: 安価なシェールガスに連動する形で、ガソリン・
軽油価格等が値下げされること、等に起因) :12 %
5.その他 : 5 %
結果として、「2.商用車の天然ガス車販売比率は増加するが、乗用車には影
響を与えない」が最も多くの票を集めた。乗用車については、ハイブリッドを
中心とした電動化のベースが出来上がりつつあり、また燃料電池車に向けた取
り組みも活発化している。更に、高圧タンクの搭載スペースの問題や、供給イ
ンフラが例え増えたとしても、乗用車ユーザーにとっては不十分であるという
ことで選択されたものと考える。
一方で、商用車を見た場合には、小型のものではハイブリッド対応もあるが、
下記の観点から筆者も商用車を中心にディーゼル代替として CNG 化が進むと考
える。
1)(大型を中心に)車重が重い上、荷物や架装物等スペース制約も厳しく、
今の電池技術では電動化が難しいこと
2)運送業を中心に特定のルート、距離を走行する商用車であれば、供給イン
フラの数が少なくても、計画的に配置することで対応が可能であること
3)車両価格差を燃料コスト差で回収するにしても、ある程度の走行距離が必
要であること
日本の運輸部門は石油依存度が高く(約 98 %: エネルギー白書 2012)、
エネルギーセキュリティの観点からも、代替燃料に向けた取り組みは喫緊の課
題である。また、最近では、日本近海に多くの埋蔵量があると言われるメタン
ハイドレートという有力な資源の採掘に成功しており、政府によれば 2023年か
らの商業生産が見込まれている。この商業生産が実現できれば、日本の天然ガ
ス自動車市場にとっても大いに追い風となろう。
国内商用車の平均車齢(※1)、平均使用年数(※2)も年々延びており、今
後買替需要が期待できるが、運送業等を中心に経営環境が厳しくなっている企
業もあり、需要喚起の為には、排出ガス等の規制強化のみならず、より一層の
補助金制度や税制優遇の拡充といった処置が必要になってこよう。
※1: 現在使用されている自動車の初度登録からの経過年数の平均。
人間の平均年齢に相当。
※2: 自動車を初度登録してから抹消登録するまでの平均年数。
人間の平均寿命に相当。
また、米国ではシェールガス革命の恩恵を受け、米・自動車市場において今
後 CNG 車への置換が進むと見られている。米政府が補助金や各種減税対応を行
っている他、CAFE 規制への対応、大型トラックであれば 3年でディーゼル車と
の車両価格差異分を回収できるとの試算結果もある。向こう 10年には、天然ガ
ス自動車が 250 万台弱迄普及する(現在は 11.2 万台の保有台数)との予測
もあり、上述世界 TOP 5 に食い込んで行くことも想定される。
自動車メーカーや部品メーカーとしては、今後 CNG 車市場が大きく伸びると
想定される米国市場や、その他天然ガス産出国向け事業を強化することが喫緊
の課題であろう。また、そこで培われた知見・ノウハウを、是非 2017年以降の
輸入解禁でシェールガスの恩恵を受けるであろう日本国内にも還元することで、
国内市場の活性化、並びにクリーンでサステイナブルな社会の実現の着実な前
進となるものと期待する。
<横山 満久>