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自動車産業におけるビッグデータの活用が進む領域について
今回は、「自動車産業におけるビッグデータの活用が進む領域について」をテー
マとした以下のアンケート結果を踏まえてレポートを配信致します。
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=7028
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【自動車業界におけるビッグデータの活用が進む領域について】
スマートフォンが急速に普及してきたことや、クラウド・コンピューティン
グの発達、大規模情報の分散処理技術の高速化等、昨今の企業を取り巻くビジ
ネス環境の変化や技術の進展に伴い、ビッグデータの活用が注目を集めている。
E コマースでは、既に会員データ、購買履歴、サイト内での顧客の動き等の
データを活用・分析して、過去の履歴や「この商品を買った人は、この商品も
買っている」といったようなお薦めを提示することで、購買意欲を高める情報
提供を行うことは、当然のようになっている。
また、最近では JR 東日本が IC カードの Suica の情報を他社に販売するこ
とになっていたが、個人情報保護の観点での言及があり、1 ヵ月で販売を中止
するという事態になったことはご記憶されておられると考える。
個人情報保護の観点からも、ビッグデータ利用に当たっては新たなルールづ
くりが必要になると考えるが、産業界ではビッグデータの分析・活用に対する
重要性が高まっており、今後もこの傾向は続くであろう。
自動車産業にとっても付加価値向上への取り組みは重要なテーマであり、そ
のソリューションの一つとしてビッグデータの有効活用にも期待が集まる。今
後、特にどの領域で活用が進むと考えられるか、メルマガ読者の皆様にお伺い
した。
[自動車産業におけるビッグデータの活用が進む領域について]
1. 開発・生産領域 : 19 %
– エンジンの性能向上
– 不良率の低減・品質向上
– リアルタイムモニタリングで生産設備の故障前に適切なメンテナンスを実
施することによる生産効率向上、等
2.新車販売領域 : 15 %
– 販売店の担当エリアでの潜在顧客分析
– 上述エリアでの競合分析
– ディーラーのアロケーションの見直し、等
3.自動車所有・利用領域(社会課題解決の観点) : 33 %
– ITS による渋滞緩和
– 自動運転による交通事故削減
– 事故が頻発するエリアのインフラの見直し、等
4.自動車所有・利用領域(ユーザーの利便性向上の観点) : 15 %
– 走行量に応じた保険料の設定
– 走行量に応じた自動車税の見直し
– 走行時のオンライン診断、等
5.中古車売買領域 : 11 %
– 整備・事故歴等の確認による、オークションを含めた中古車売買時の価格
透明性の担保、等
6.その他 : 7 %
結果としては、「既に『開発・生産領域』や『新車販売領域』では活用が進
んでいる」といったお声もあり、「3.自動車所有・利用領域(社会課題解決の
観点)」が最多となった。確かに、「開発・生産領域」では、エンジン生産の
機械加工時にワークの状態に応じて、個体毎にリアルタイムで加工量等の加工
条件を調整、最適化させているといった話もある。
また、より大きな視野に立って積極的にビッグデータの活用を進める上では、
投資が必要となるインフラとの連携や、産業界や行政には組織の垣根を越えた
情報共有や技術開発の姿勢が求められることから、やはり社会課題解決という
公共性、公益性といった共通のキーワードが必要となろう。
【自動車メーカーと行政の連携状況】
前章で、産業界や行政には組織の垣根を越えた情報共有や技術開発の姿勢が
求められると書いたが、現在の状況はどのようになっているだろうか。
自動車メーカーでは、トヨタがテレマティクスサービスを通じて収集した車
両の位置や速度等の情報から生成されるリアルタイム交通情報から加工した交
通情報、通行実績マップ、交通量マップ等の情報を、自治体や企業へ提供して
いる。トヨタは、各々が所有する様々な情報を付加して表示もできるプラット
フォームを提供することで、防災システム、交通・物流システム等、幅広い用
途への活用を促進している。
ホンダも同様の取り組みを行っているが、警察や住民とも連携し、交通事故
が多発している場所や、住民が危険だと感じている場所を地図上に掲載する等、
官民のみならず、民間人も巻き込んだインタラクティブなシステムを実現して
いる。また、東日本大震災の被災地と支援の手を繋ぐことを目的に、収集した
車両走行データを基に通行実績情報マップを作成し、震災の翌日に一早く一般
公開されたことは、多くの方に希望と感動を与えたものと思われる。
日産においても、電気自動車「リーフ」の走行データを社外に提供している。
同データを基に自動車保険に反映させる等、所有者の満足度向上に努めている。
このように個社毎には加工データをオープンにするような動きになりつつあ
るが、更に情報・データを有効活用・精緻化する為には自動車メーカー間の連
携も必要になってこよう。メーカーとしては、このような情報はユーザーを抱
え込む為の競争力の源泉になるものでもあり、中々競合他社に対して諸手を上
げて開示するには抵抗を持たれることもあるであろう。公共性、公益性の観点
から、みんなが地球上で起きている問題を考え、その対策の一環として取り組
んで行く必要性を国が主導的に説いていく必要があると考える。情報・データ
を提供してくれたメーカーに対する配慮や、政策優遇等といったインセンティ
ブも必要になろう。
政府が 2013年 6月に閣議決定した「世界最先端 IT 国家創造宣言」において、
「ビッグデータの利活用による革新的な新産業・新サービスの創出」や「利便
性の高い電子行政サービスの実現」等を柱として位置付け、オリンピックが東
京で開催される 2020年までに世界最高水準の IT 利活用社会の実現を目指すと
発表した。こうした流れを受け、国土交通省は、自動車関連の様々な情報を融
合したビッグデータの活用について検討する「自動車関連情報の利活用に関す
る将来ビジョン検討会」を 2月に立ち上げた。同省は、自動車検査登録情報の
他、車両の位置や速度といった走行情報、事故・整備履歴等様々な情報を自動
車ビッグデータとして活用する方針だとの報道がある。
こういった情報は規制の対象となっていることや、個人情報の絡み等もあり、
どこまでオープンにできるかに注目が集まるが、是非積極的な議論がなされる
ことを期待したい。また、サイバーセキュリティにおけるルールづくりや各種
取り決めの場面においても、国の主導性が求めらる。
【内需の創出、外需の取り込み】
上述の通り、社会課題解決の観点から、ビッグデータの活用が期待される。
改めて日本がおかれている社会環境の状況について見てみたい。
日本の交通事故発生件数については、下記の通り年々減少傾向にはあるが、
残念ながら年間 4,000 人強の方が交通事故でお亡くなりになっている。また、
2012年の死者数の内、65 歳以上の方が占める割合は、過去最高の 51.3 %とな
っている。
[交通事故発生状況(日本)]
(単位:千人) [発生件数(件)] [負傷者数(人)] [死者数(人)]
1970年 718,080 981,096 16,765
1980年 476,677 598,719 8,760
1990年 643,097 790,295 11,227
2000年 931,950 1,155,707 9,073
2010年 725,903 896,294 4,922
2012年 665,138 825,396 4,411
(出典: 警察庁)
交通渋滞については、言うまでもなく、カーユーザーのみならず、タクシー
やバスの利用者においても経験されておられることと思う。
2007年に超高齢化社会に突入した日本は、更に高齢化の進展が予測されてい
る。上述の通り、交通事故において今後より一層のケアが必要になってくるこ
とや、高齢者ドライバーの増加に伴い低速走行車両が増加し、より一層渋滞を
発生させることも一つの可能性として想定される。こうした問題に対するソリ
ューションの一つとして、ビッグデータを活用した運転者支援、強いては自動
運転等の技術を確立し、安全性や流動性を担保することが大きく期待されると
ころである。
尚、世界に視野を広げると、交通事故の状況は下記となっている。
[人口10万人あたりの交通事故死者数]
1.南アフリカ : 32.5人
2.マレーシア : 24.6人
3.ロシア : 23.0人
4.アラブ首長国連邦 : 21.6人
5.モンゴル : 17.0人
6.ウクライナ : 16.2人
7.ギリシャ : 14.9人
8.米国 : 14.7人
9.ポーランド : 13.8人
10.エクアドル : 13.6人
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29. 日本 : 6.7人
(出典: 世界の交通事故状況)
また、交通渋滞については日本以上に他国の方が状況が厳しいことが分かる。
2012年に読者から寄せられた情報を基にした BBC の報道によれば、交通渋滞ワー
スト 10 の都市は下記となっている。
・バンコク(タイ)
・ジャカルタ(インドネシア)
・ナイロビ(ケニア)
・マニラ(フィリピン)
・ムンバイ(インド)
・カンパラ(ウガンダ)
・ケンタッキー(米国)
・テキサス(米国)
・ソウル(韓国)
・ダッカ(バングラデシュ)
米外交専門誌フォーリン・ポリシーは、2010年に「世界で交通渋滞が最も深
刻な 5 都市」として、下記都市を挙げている。
・モスクワ(ロシア)
・ラゴス(ナイジェリア)
・メキシコシティ(メキシコ)
・サンパウロ(ブラジル)
・北京(中国)
このように世界には日本以上に交通事故や交通渋滞といった問題に直面して
いる国が多い。今後、新興国で自動車販売の増加と共に、保有台数も伸びてく
れば、状況はより一層悪化するものと思われる。また、高齢化の問題は、日本
のみならず、他国も追随する課題である。更に、既に深刻な大気汚染が発生し
ている都市もあるが、エネルギーセキュリティや環境保全の観点も考慮しなけ
ればいけない。
こうした市場に対しては、道路インフラ等の都市整備と共に、日本市場で確
立したビッグデータを活用した技術・システムを輸出するということも戦略の
一つとして考えられる。
実際に輸出を睨んだ動きも出てきている。日刊自動車新聞によれば、各国の
インフラ事情に柔軟に対応できるように、安全運転支援システムの設計思想構
築を国とメーカーで協議するとの報道がある。具体的には、車両に搭載したカ
メラやセンサーだけで作動する「自律型」をベースとしつつ、道路や信号のビー
コンや歩行者端末等と通信しあう「協調型」のモジュールを仕様に応じて組み
合わせられるようにするということで、今後具体的な協議が進んで行くことが
期待される。
本格普及にはまだ時間も投資も掛かることが予想されるが、新たな市場の創
出は、今後、国内自動車市場が縮小することが想定される中、重要なテーマと
なろう。この点については、過去の下記筆者記事も合わせて参照頂きたい。
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=6244
日本が同分野における先駆者となり、今後、日本同様の社会現象が進展する
世界各国の需要を取り込み、日本経済の活性化に繋がることが期待される。
<横山 満久>