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国内市場縮小時代のものづくり戦略
◆「ものづくり流出を防げ」(世界経営者会議閉幕)
米半導体メーカー、サンディスクのエリ・ハラリ会長兼最高経営責任者(CEO)は「日本は先端的なものづくりを国内にとどめなければいけない」と強調。ノウハウなどが流出した場合「取り戻すのは容易ではない」と指摘した。
<2010年10月27日付日本経済新聞>
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「日本のものづくりを如何に守るか」が議論される機会が一層増えてきた。上記参照記事も急激な円高によって先端的なものづくりのノウハウが海外に流出することを懸念する声のひとつである。
ただ、今腰を据えて見極めなければならないのは「工場の海外移転」と「ものづくりのノウハウの海外流出」を単純に結びつけて論じてよいのか、という点である。
【国内・外のマーケット戦略】
国内の乗用車市場は日本自動車販売協会連合会の予測によると標準ケースの場合 2020年度で 400 万台(内訳:登録乗用車 248 万台、軽乗用車 152 万台)とのことである。(出典:「自動車ディーラー・ビジョン 2010年版」)人口減少・少子高齢化、若者の車離れ、厳しい財政運営などにより、今後の新車販売の見通しは明るいものとは言えないようである。
一方で、世界市場に目を転じれば、昨年の約 60 百万台から 2020年には 80百万台~ 90 百万台と市場は大きく拡大するとの予測が大勢を占める。言うまでもなくけん引役は新興国である。
新興国市場での車に対する嗜好は先進国市場のものと同じとは言えない。また、新興国の間でも一様なものではない。インド等 AB セグメントが最も売れる地域もあれば、CD セグメントの方が売れている中国のような市場もある。その中国も内陸部と沿岸部では同じではない。また、中国が今後も高い経済成長を持続すれば、これまで車に手が届かなかったボリューム層が将来一気に車を買い始める可能性もある。この時、中国の AB セグメントは今以上に大きな市場になっているかもしれない。同じ地域でも捉える時間帯によってインパクトの大きい変化が起こる可能性もある。
これまで主に欧米市場の動向を先取りしてマーケット戦略を構築しトップランナーの地位を確立してきた日本の自動車産業だが、今後は成長市場である新興国のこれまでとは方向性の違う多様且つ変化を伴うニーズに応えていかなければならない。そのためには市場の生の声を感度よく察知し製品に反映していく必要がある。現場でのマーケティング、現場に即した開発、製造が求められる。これは 日本の中小規模の部品メーカーにも当てはまることであろう。
厳しい円高だからコスト競争力を維持するために已む無く海外シフトを推し進めるのではなく、成長市場の渦中に飛び込み自らも拡大するための海外進出が求められる。
【進化する日系 OEM のグローバル戦略】
過去よりの度重なるグローバル化の議論を通して、自動車メーカーは市場の多様化に対する方策を整えてきた。日産は新型マーチの企画にあたり世界の販売地域を約 30 のグループに分け、顧客が車両の性能に期待するレベルを細かく分析したという。そして、すべてのグループの要求を満たす性能をもつユニットやシステムを組み合わせ、それらの組み合わせを幅広い顧客の要求に対応するよう徹底して共通化を図り、その上で原価低減を実現したとのことである。
例えば、市場の要求に応じてボディーの剛性を高めるためにフロント・サイドメンバなどの重要な部位については従来品より高強度な鋼材を用いる一方で、全体としては 440 MPa 級のハイテン材しか使わなかったという。それ以上の強度のあるハイテン材の調達には地域によって制限があるのがその理由との事である。
こういった必ずしも時代の最先端の素材に頼らない設計戦略は、これまで国内や欧米の先進自動車メーカーを意識して高度な技術をぎりぎりまで原低し製品に活用してきた流れとは違ったものを感じる。明らかに新興国を意識したグローバル対策であり、構想時のコンセプトを貫き通した日産開発陣の強い意志とリーダーシップを感じる。こういった活動は他日系 OEM 内でも活発化しているものと思われる。これまで日本の自動車産業を支えてきた強い工場に、戦略性のある強い本社が醸成されてきていると言えるのではないか。
円高による国内空洞化は極力避ける最大限の努力を継続する一方で、日系 OEMは強かにグローバル戦略の基盤を整え競争力をつけているようである。
【日系部品メーカーの海外シフト/進出環境】
上記日産の例もそうであるが、日系 OEM 各社は部品と部品のインターフェースのルール化、規格化を推し進め、モジュラーデザインの活動を強化し続けている。
このような動向は部品メーカーにとっては系列以外の広範囲な客先に製品を拡販していくには好環境となる。ただ、そういった環境は進出先の地場の部品メーカーでも同様に享受されるもので、寧ろ日系部品メーカーにとってはこれまでの日系 OEM との“擦り合わせ”が効かない分不利になる、との考えもあるかと思う。
しかし、コストは部品単品の価格だけで決まるものではない。例えば、地場の新規サプライヤーを採用するのであれば一から新たに製品を検証するコストや品質リスクを考えなければならない。
もし既存の日系サプライヤーが現地進出して材料面の量産効果や設備の流用で原低効果を発揮してくれれば 日系 OEM や Tier1 にとっても更なる競争力の強化につながる。
加えて、部品メーカーの優れた品質が進出先で実証されれば日系以外の客先も含めより広範囲な販売展開も容易になろう。自力でのグローバル展開の可能性も高まってくるかもしれない。
東南アジア諸国を中心に現地政府の各種支援、税務メリット、貿易相手国との FTA や EPA の効果もあり部品メーカーの海外進出環境は良いものになっていると言えよう。
ただ、冒頭記事の指摘の如く、企業が海外進出することでものづくりの大切なノウハウが流出してしまうことは極力避けなければならない。
この時見極めなければならないのが、オープンにする技術、ブラックボックス化する技術の洗い出しと選別である。
【ノウハウの仕分けの重要性】
今、ものづくりの基盤技術である日本の自動車用金型産業に元気がない。
日本の金型メーカーは複雑な形状をしているドアパネルやフェンダなどのボディサイドの部品で特に強い競争力をもつと言われている。逆に、それ以外の部品では海外のメーカーに比べ優位性がなくなっており、実力をつけてきた韓国や台湾、中国勢の追い上げもあり、国内シェア・トップ3の金型メーカーはそろって深刻な経営不振に陥っている。
(現在の自動車用金型業界の動向については以下コラムで解説しているので、興味がある読者は参照してほしい。
「自動車用金型業界に求められる使命」
https://www.sc-abeam.com/mailmagazine/honj/honjo0294.html )
これは、金型製造という言わば匠の世界に覆われた擦り合わせ技術の塊とされる領域で、工程の多くの部分に独自の重要なノウハウがちりばめられているとの認識のもと職人的空気が充満し過ぎてしまい、本来自動車産業に内在する装置産業的一面がもたらす新しい顧客ニーズに対応できずに、突き進んでしまった結果とは言えないだろうか。
“もしも”であるが、こういった状況に陥る前に金型メーカーが客先要求の変化を感知し、冷静にノウハウを以下二つに仕分けして対応戦略を施していたらどうだっただろう。
(1)近々海外の競合も追いつく領域でオープンにしてよい技術・ノウハウ。
(2)熟練工しか持ち得ない肝となる領域で門外不出とせねばならぬ技術・ノウハウ。
(1)については海外の競合が見よう見まねでいつかは追いつく領域であり、いっそ自社で金型の製品設計や製造技術の要素分析と数値化を徹底的に進める。そういったデータベースやマニュアルを敢えて社外にオープンにすることで客先やプレス・メーカーあるいは素材メーカーと金型事業及び同事業を中心とした周辺事業での拡大・協業展開を図る。
(2)については設計から金型製造に至るまで首尾一貫して国内の自社工場で実施することでノウハウを内部留保し、且つ更なる技術進化を図ることでものづくりの基幹となるノウハウを蓄積していく。
先の新型マーチの事例に戻るが、海外工場の量産準備は座間工場内にあるグローバル車両生産技術センター(GPEC) で行ったという。マーチはタイ、インド、中国、メキシコで量産される。量産工場と同じ環境を GPEC に再現し、そこで徹底的に生産上の不確定要素をつぶして各新興国の量産拠点に送り返したという。設計の共通化が成せる技であるが、結果としてものづくりの肝となるノウハウは GPEC に蓄積されているものと考えられよう。
共通化によってオープンにするノウハウ、マザー工場内で蓄積して外には出さないノウハウ、と技術情報のハンドリングにメリハリが利かされていると言えるのではないか。
【海外シフト・進出にあたっての課題】
上記を実行していくには、守るもの、捨てる(オープンにする)ものを正しく迅速に判断できる強い本社と新しい技術を開発し高いレベルの品質を確保する強い現場(工場)の両方が必要である。
藤本隆宏氏は著書「日本のもの造り哲学」の中で「“強い工場・強い本社”をもつ企業として戦略とオペレーションの両輪を回していくにはそれを支える人材の育成が必要」で「“戦略を理解する技術屋”と“技術者と有意義な会話ができる事務屋”を同時並行的に育てる必要がある(文理融合のもの造り教育)」と指摘している。
確かに、欧州のものづくり大国といわれるドイツの部品メーカーでも中国等の新興国で成功しているところほど、営業や購買が積極的に生産現場や開発技術陣とコミュニケーションをとっていたし、技術陣が購買・営業活動方針にも深い理解を示していた記憶がある。こういったコミュニケーションを通してお互いに自社の強みを嗅ぎ分け、市場に沿った技術開発と本社に蓄積すべき技術情報の管理が徹底され更なる競争力強化に繋がっているように思う。
ただ、急拡大する新興市場のスピードに対応できるだけの人材を十分に確保できる企業は限られているのではないか。また技術情報の仕分けにしても進出先の状況を良く理解しなければ判断できないかと思う。しかし、幸いなことに日本では既に多くの市場で成功事例がある。企業間で連携しあうことで人材面でも手当する方策は考えられよう。企業間のネットワークや日本全体として考えれば決して袋小路に入ってしまった訳ではない。目前にある課題を多くの関係者で深堀りしていけば必ず未来の発展に繋がる良い解決策が見つかるはずである。
<櫻木 徹>