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自動車の『所有から使用へ』のカギとなる要素は?
今回は「自動車の『所有から使用へ』のカギとなる要素は?」と題して 9月
15日配信のメールマガジンにおいてご回答をお願いしたアンケート結果を踏ま
えてのレポートです。
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=7475
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【はじめに】
我が国における最も重要な交通手段の一つである自動車ですが、それとの関
わりは過去数十年の間にも大きく変化してきました。1960年代後半に本格化し
たモータリゼーションの波は都市部・地方部を問わず全国に広まり、乗用車の
保有台数も 1970年から 2000年の 30年間で実に約 6 倍の 52 百万台に増加し
ました(2014年年末は 61 百万台)。しかし、21 世紀を迎えた前後からは地域
によってその様相に差異が出始め、都市部では「クルマ離れ」現象が見られる
ようになったのに対して、地方部では自家用車がより普及する一方で鉄道・路
線バスといった公共交通の衰退が著しくなり高齢者・学生など所謂「交通弱者」
の移動手段をどう確保するかが大きな課題となって久しく、現在もこれらの傾
向は強まりこそすれ、決して弱まりはしていないようです。
こうした状況への対処としてはこれまで主に、前者については「自動車メー
カーによるクルマの魅力発信・保有を前提とした需要喚起」、後者に対しては
「公的補助による最低限の路線網・サービスレベル維持」という施策が取られ
て来ましたが、いずれも伸び悩み・ジリ貧の感が否めません。そんな中にあっ
て、社会全体の「モノからコトへ」という動きに呼応するかのように、自動車
に関連して急速に報道やサービスを目にするようになったのがカーシェアリン
グに代表されるクルマの「所有から使用へ」という動きです。
筆者は予て、これまでの「自動車保有(自家用車) vs 公共交通(バス・鉄
道)」といういわば二者択一的な動きに限界を感じ、そうした考え方が主流で
あることへの違和感を覚えると同時に、こうした「自動車の使用」という動き
がよりよいモビリティ・マネジメントを実現する一翼を担う可能性を秘めてい
るのではないかと感じております。それではその「自動車の使用」をより普及
させるカギとなる要素は何なのだろうか、ということで設定したのが今回のア
ンケートです。
【設問ならびにアンケート結果】
それでは、アンケートの結果をご覧ください。
<設問>
自動車の「使用」が更に進むかどうかのカギは以下のうちどのような点にあ
るとお感じでしょうか。ご自身の「使用」に際してのポイント、あるいはあく
まで「所有」が軸になっているかたが「使用」に踏み切るに際してのハードル
と感じておられる要素を想起してお答えください。
<結果および頂戴したコメント(抜粋)>
1. 会員登録や規約・制度の難易度: 20%
―新規登録のハードルを思い切って下げると、普及が大きく進むのでは。現時
点ではまだ「喰わず嫌い」が多いのではと想像している。
2. 車両へのアクセシビリティー(ステーション数): 23%
―レンタカーにしてもそうだが、ワンウェイサービスの充実が自家用車に対す
る差別化要素という意味からも一層の普及のカギになるのでは。
―住宅地のステーションがまだまだ少ないので、普段使いにはまだまだ不便。
3. 利用料金水準: 12%
4. 提供車種の選択肢: 11%
―利用を促進するには好きな時に好みの車種を使えることが重要と考えます。
ある時はミニバン、時にはオープンカーといった具合にシーンに応じた利用が
可能であれば、所有ユーザーの疑似的なセカンドカー・サービスとしての普及
も期待出来るのでは。
5. 常用可否(必要な時にいつも乗れるかどうか): 28%
―フルタイム勤務で週末の私用頻度も多いうちは(自家用車ならではの、いつ
でもすぐに乗り出せるという)「常用性」が重要だが、歳をとるにつれてカー
シェアやタクシーの利用が増えると想像している。
―都心部なら「車を所有するか使用するか」のメリットデメリット比較も意味
があるが、郊外や地方在住者には所有以外の選択肢は無いはず。
―使用への流れは東京 / 大阪等の大都市部に集中しており、それ以外の地域に
おいては複数台所有が続くと思われる。
―大都市部では常用可否とアクセシビリティーが普及の鍵ではなかろうか(それ
以外の要素には既存のサービスに特段の不満を感じない)。
6. その他: 6%
―利用者のマインドがまだまだ「所有」指向なのでは。合理的には使用が得だ
と感じても、実際には所有することでベネフィットを得る人が多数なのでは。
―完全自動運転車が公道を走れるようになれば、所有から使用へ大きくシフト
するのでは。
【考察・随想】
以下、ご紹介出来なかったものを含めたコメントも参考に「所有から使用へ」
という動きと自動車保有、さらには公共交通との関連性について考察してみた
いと思います。まず今回目立ったのは鉄道・バスの高密度路線網・高頻度運
転が享受できる大都市部と、そうではない郊外・地方での環境の差異を分けて
考えるべきというコメントであり、この点については大都市部・地方部双方で
の居住経験がある筆者も全く同感するところです。前者においては近年、自動
車保有世帯が減ったせいでしょうか、マンション駐車場に「空き有」という看
板を見掛ける機会が増えました(「戸数>駐車場数」であってもなお、居住者
以外に貸すスペースがある状態ということなのでしょう)。確かに、カーシェ
アリングも現時点ではこうした地域を中心とした普及になっています。一方、
後者においては公共交通を使うという生活習慣が薄れるどころか既に無くなっ
てしまった、あるいはもともと無い(徒歩・自転車以外での移動は常に自家用
車である)という層が第 2 世代に達しつつあり、鉄道やバスは高校卒業以来
利用していないという人も珍しくありません。言い換えますと、地域によって
「公共交通があるから自家用車保有は不要」と「ひらすら自家用車。公共交通
は(仮にそれが維持されていても)利用しない」という、2 つの対照的な状況
に分化しているとでもいえるのではないでしょうか。
それでは、このまま両極化したままでいいのでしょうか。高齢化・過疎化が
進む中、地方部では最低限の公共交通サービスを維持するために、多額の公的
資金が費やされ続けています。地方過疎地域のバス網においては、運賃収入で
総経費の 10 %が賄えれば上出来という推計すらあります。また、そうした地
域で見掛ける自家用車のドライバーをみますと、非常に高齢であると思われる
方がそろりそろりと運転しておられることが多いのに驚き、正直なところ危な
っかしさを覚えることしきりです。一方の大都市圏ではただでさえ少子化が進
む中、自家用車がない家庭で育った若者がそのままクルマの魅力に触れること
なく社会人となっているケースも増えています(国交省資料によれば、東京都
における 20 歳代の運転免許保有率は過去 20年あまりの間に 10 %以上低下し、
2011年には 63.5 %に留まっています)。近年、自動車メーカーが展開してい
る「免許をとろう」「ドラマチック・シネマ」といった PR には、まずはこう
した層にクルマの魅力を感じてもらいたいという思いがあるように感じます。
筆者は、こうした状態を打破するのに「所有から使用へ」という動きの中で
編み出されるさまざまなサービスに、自動車の電動化・自動運転の高度化など
を組み合わせることにより、都市部・地方部双方において、より便利な、そし
て効率的な交通体系が構築出来るのではないかと考えています。まず、地方部
における移動手段は、公費によるローカル鉄道・バス網の維持 および 自家
用車保有者自らの運転による移動に委ねるほかない、という従来の発想にとら
われず、既に実用化されている安全運転支援システム(将来的にはそれが徐々
に高度な自動運転に繋がっていくことが期待されます)を装備した車両を揃え
ることにより高齢車による運転ミスのリスクを低減した上で、集落・コミュニ
ティ、あるいは高齢者の多い公営住宅単位でのカーシェアリングサービスを導
入することが有力な選択肢となるかもしれません。その際、当該地域では現在
あるような公共交通の維持は諦め、それによって捻出される予算をカーシェア
運営費 / 利用料補助、運転出来ないかたのための福祉タクシー補助などに振り
向けるなど、交通体系全般にわたる思い切った施策の見直しが必要になるとは
思いますが、過疎地の交通事情を視察し、財政事情を調査しておりますと、そ
うした抜本的な見直しの必要性を痛感する次第です。また、都市部においても
今後、高齢化は地方部のそれよりも早いペースで進むと予想されており(例え
ば横浜市は、2025年には高齢者人口が全人口 26.7 %に達し人数も 100 万人を
突破し、さらにはその過半数が 75 歳以上となると予測しています)、公共交
通存廃の扱いこそ地方部とは異なるものの、高齢者が運転することを前提とし
てより安全に自動車が使用出来る仕組みへのニーズは地方部同様に高まると思
われます。
一方、都市部におけるクルマ離れへの対策としても「使用」の推進は有力な
手段の一つになるのではと感じております。クルマの楽しさを感じる機会すら
限られている若者には、カーシェアリング利用開始へのハードルを下げるのも
一案かと思います。会員登録のハードルを下げるべく、クレジットカード機能・
オートチャージ機能搭載の、あるいは京阪神圏で普及しているポストペイ式 IC
乗車券をそのまま会員・借出カードとして使えるようにし、その簡便性をより
幅広い車種ラインアップとともにPRしてみてはどうでしょう。「使用」機会を
積極的に提案することは「所有」に発展する可能性のある施策でもあるはずで
す。「喰わず嫌い」のペーパードライバー層に、まずは試しに乗ってもらうの
です。これは、自動車保有経験があっても大都市での保有コストや保管場所の
制約などにより保有のみならず使用すら我慢している層の需要をも呼び覚ます
可能性があると思います。余談になりますが、近年各ブランドのディーラーが
挙ってオファーしている長時間試乗(8時間から長いものでは 2 週間超におよ
ぶ)プログラムも、所有に繋がる可能性を秘めた使用機会の提供という意味で
「所有から使用へ」ではなく「使用から所有へ」とでもいうべき流れを狙った
ものなのでしょうか。
以上、自動車の使用に絡む最近の動きを考察しつつ、その仕組みを活かした
高齢者の移動手段確保という社会的ニーズへの対応や、公共交通機能を補完・
代替する可能性、そして更には大都市部における自動車への呼び戻し・拡販に
繋がるツールとしての期待にも結びつける形で書き綴ってみました。シェアリ
ングの広がり・自動運転テクノロジーの進化・電動化の進捗などに絡んでは、
毎日のように新たな技術、これまでにないビジネスモデルのことが報道されて
おります。引き続きこうした動きを注視し、自動車単体に留まることなく、近
未来のモビリティ全般のありかたを考えていきたいと思っております。
<清水 祥史>