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自動車業界における『AI(人工知能)』
今回は「自動車業界における『AI(人工知能)』」のテーマでご協力いただ
いたアンケート結果をを踏まえたレポートです。
https://www.sc-abeam.com/sc/?p=7690
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【人工知能(AI)とは】
人工知能(AI)の定義は「コンピューターに人間のような知能や知性を持た
せること」とまとめられていることが多いが、はっきりとは定まっていない。
人工知能学会のホームページにも明確な定義は記載されておらず、その理由と
して人工知能(AI)の研究には二つの立場がある為とされている。一つは「人
間の知能そのものをもつ機械を作ろうとする立場」もう一つは「人間が知能を
使ってすることを機械にさせようとする立場」である。鳥と飛行機に例えると、
前者は空を飛ぶために鳥の構造を真似るアプローチ、後者は構造にとらわれず
に機能を実現する飛行機を作るアプローチとなる。
人工知能(AI)の分類としては、「弱い AI」と「強い AI」といった区別が
なされる事も多い。「弱い AI」は、人工知能(AI)に心を必要とせず道具とし
て扱うもので、現存する多くの人工知能(AI)はこのカテゴリーに分類される。
「強い AI」は、適切にプログラミングされたコンピューターには「精神」が宿
るという考え方である。人間の脳の多様性を再現した、人間レベルかそれ以上
の「汎用人工知能」はまだ実現されていない。従来は実現困難と見られていた
が、ディープラーニングの進展等がその実現に大きな可能性をもたらしている。
ディープラーニングは、第三次 AI ブームの牽引役として、注目を浴びてい
る技術である。機械学習法の一種で、人間が特徴を定義する必要がなく、学習
データから特徴を抽出するものであり、人工知能(AI)が自ら学んでいく事で、
知識表現を予め準備しておく必要がなくなり、ニューラルネットワーク(脳の
神経回路を模した人工ニューロン)を多層化する事で、人間にとって特徴づけ
が難しい複雑な識別においても正確な予測が可能となる。今のブームは、技術
発展によって膨大な量のビックデータを集積蓄積できるネットワークと、多層
化した事で計算量が増加したニューラルネットワークの学習が可能となる位に
コンピューターのスペックがあがったことによって可能となったものである。
更に、コンピューターがパターンを見つけそれを利用して意思決定する能力に
より、価値が高いとされるデータが増えてきた。「IoT」、「ビッグデータ」と
人工知能(AI)の進化が上手に組み合わさって相乗効果を産んでいることで、
盛り上がりを見せている。
EY 総合研究所のレポートによると、人工知能(AI)に係る市場は、2030年に
は 86 兆円を超えると試算されており、ビジネスで活用される事例が加速度的
に増えるとみられている。既に市場化されお馴染みとなっているものとしては、
Apple の「Siri」や Windows 「コルタナ」、Google の「Google Now」などの
パーソナルアシストや、Facebook、Google の画像検索/分析等があげられる。
音声認識や画像認識の分野では商用利用が拡大しており、機械翻訳などの自然
言語処理に関しても実適用が期待されている分野となっている。
自動車を取り巻く環境においても、人工知能(AI)による変化が予想される
事から、今回皆様にどの分野に期待しているか回答頂いたものである。
【自動車業界と人工知能(AI)】
先月実施したアンケートの結果は以下の通り。
1.自動運転の実現:55%
2.設計・生産現場における効率化、高度化:14%
3.マーケティング活動における販売促進:11%
4.アフターマーケットにおける保守・整備:15%
5.その他:5%
「自動運転の実現」はメディアでも良く取り上げられ、今回の回答でも過半
数を占め選択頂いた回答である。トヨタは今年 1月に AI 研究のための新会社
トヨタ・リサーチ・インスティテュートを設立した。投資額は 5年間で 10 億
ドルと、スーパーコンピューター京の開発と同程度の投資規模となっている。
トヨタはそれ以前にも機械学習技術を手掛ける Preferred Networks への出資
も決めており、人工知能(AI)の研究開発を加速させている。自動運転は事故
を削減し、高齢者等交通弱者を含む全ての人に安全な移動サービスを提供する
事が最大の目的とされている。また、移動の時間を有効に過ごしたいというニー
ズを掴むことが予測されている。ソーシャルゲームが成功した背景として、現
代人の行動特性上発生していた隙間時間(7分 X 5 回)にうまくはまった事が
あると言われている。時間の創出、提供は常に時間に追われている現代人にと
って良いビジネスチャンスと成り得るという事だ。今年の米家電見本市(CES)
で VOLVO は時間を有効活用する為のメディアストリーミングをエリクソンと共
同開発していると発表した。また、Microsoft はクルマの未来はオフィスの未
来であるとし、将来は Microsoft Office のサービス提供や Azure クラウドサー
ビスとの統合の可能性について検討しているとのコメントを発表している。
ドライバーに対しては、システムによる適度なアシストにより、自分の運転
が上手になったと錯覚させ、運転操作達成感をあげる効果を演出する事も可能
となる。人車一体感をより一層感じる事を可能とする自分の能力を拡大させる
Tool となる事も期待される。高速道路の自動運転に向け自動車会社の開発は進
んでおり、政府も実現に向け動いている。自動運転機能を利用出来る日の到来
は現実味を帯び始めている。
次に回答が多かったのが、ほぼ同率で「設計・生産現場における効率化・高
度化」と「アフターマーケットにおける保守・整備」であった。製造現場にお
いては、産業用ロボット、予防保全、製造プロセスの最適化等、活用を期待さ
れる場は広い。機械学習により人間がティーチングを全く行わないピッキング
システムをファナックと Preferred Networks で共同開発を行っている。ドイ
ツでは、大量生産のコンセプトを取り入れながらも顧客の個別要望にあわせた
カスタムメイドを実現させる「マスカスタマイゼーション」化を進めている。
人とロボットの協働もその中で活発化しており、Volkswagen では無人搬送機と
垂直多関節ロボットから成る挙動生産システムをヴォルフスブルクの本社工場
へ導入している。生産現場から集められた大量のデータを分析する事で生産設
備の故障を未然に防止する「予防保全」も可能となる。更にディープラーニン
グを利用する事で、正常時のデータを取得するだけで異常時のパターンを作る
ことを可能とする予防保全技術の開発も行われている。「工場のスマート化」
の動きでは、BMW は Siemens から製品ライフサイクル管理ソフトウェアやリア
ルタイ位置情報特定システム等を導入することで、車の生産台数を 15台から
30台に引き上げることが出来たとしている。産業機器の運用状況を詳細に把握
し分析する事で、工場の生産性改善を可能とした。人工知能(AI)を利用して、
製造実行システムや在庫管理システム等の現場情報を分析し、物流状況を加味
する事で、最適な生産計画、物流ルート、在庫数などを決定できるようになり、
更に、現場のリアルタイム情報を分析する事で、不測の事態に対応し生産能力
や在庫の融通を行う事も可能となるとみられている。その他、BCP 対応の計画
立案にも役立つと考えられている。
アフターマーケット分野では、人工知能(AI)の利用により自動車側のセン
サーから取得される情報から故障前の予防メンテナンスが可能となるし、故障
情報の解析結果が自動車の開発に活かされる事も考えられる。Audi は 2014年
に本部にいる専門技術者が、ディーラーにいる整備士を遠隔でサポートして修
理の診断や難しい問題の解決を行う事を可能とするロボットの導入を行うと発
表した。このサービスでは、サポートをする存在を人間としているが、将来人
工知能(AI)に置き換わる事でサポートも充実するといった可能性も考えられ
る。更に、この分野においても故障診断、修理作業等、人工知能(AI)が活躍
する場は広いと考える。
最後に「マーケティング活動における販売・促進」だが、マーケティング分
野 では人工知能(AI)の活用は既に進んでおり、E- コマースやコンテンツの
最適化を行うレコメンデーションエンジンや、ランディングページ最適化ツー
ル(Web サイトにおいて、サイト訪問者が最初に訪れる Web ページを工夫し、
訪問者が会員登録や商品購入など収益につながる何らかの取引を行う割合を高
めること)、Demand-Side Platform (広告主側の為に用意された広告配信プラ
ットフォーム)等において用いられている。ディープラーニングにより広告や
コンテンツを見たユーザーの顔の表情を判別する感情分析等、広告やコンテン
ツの効果を計測する事も可能となっている。顧客管理ソリューションサービス
を提供している Salesforce は 2015年 5月には Google 等とパートナーシップ
を締結、人口知能関連のスタートアップ企業を買収も多く行っており、自社の
プラットフォームを強化する動きを見せている。Salesforce はトヨタメディア
サービスとも協業しており、デジタルマーケティング実践の場としてタイで実
験的に活用し、顧客を分析しセグメントする事で、3 週間のモーターショー期
間中で 48台の自動車販売を達成した。この実績を受け、今後は日本でもデジタ
ルマーケティング活動を強化していくと発表している。将来は、顧客情報の分
析、解析情報を開発現場へフィードバックし、カスタムメイドな自動車を低価
格に入手する事が出来る日が来るかもしれない。
【人工知能(AI)の未来】
人工知能(AI)にかけられる期待が大きくなるにつれ、不安を示す情報も出
てきている。まず一つ目は雇用問題である。2013年にオックスフォード大学の
マイケル准教授がこれからの 20年で現在のアメリカの雇用の 50 %がコンピュー
ターに代替されるとの論文を発表しており、また、2015年には野村総合研究所
が同准教授らと調査を行い、日本の労働人口の 49 %が人工知能(AI)やロボ
ット等で代替されるとの推計結果を発表した。人間は過去に何度か自動化の段
階を経験している。第一の自動化は産業革命後期、肉体的に辛い危険な仕事を
機械が代替するようになった。第二の自動化では、退屈な仕事(タイピング等
の単純作業)が機械に移譲された。この自動化の結果、人間の仕事は減る事な
く、人間は更に高次の次元へと進んだ。自動化で仕事がなくなるのは「ラッダ
イトの誤謬」で、生産性が上がれば、技術革新により人間がおこなわなくては
ならない仕事が増えると証明されたのだ。また、それにより人間の生活レベル
を向上させることが可能となった。次の自動化に対し、人間はどう対応してい
けばよいのか。人工知能(AI)に出来ない仕事は何であろうか。自動化されな
い専門的な仕事(知覚と操作)、機械に出来ない仕事(創造的知性、社会的知
性)、機械を監視する仕事、また新システムを生み出す仕事等が挙げられる。
また、経産省は今年になって、人工知能(AI)やロボットなど技術革新をうま
く取り込まなければ、海外企業にビジネスの機会を奪われる事で 735 万人もの
雇用が減ってしまうとの試算を発表した。実際の変化は緩やかに行われる事と
は思うが、過去の自動化の流れを生活向上に活かしてきた人間であれば、今回
の変化も受け入れ、更に人間の能力を拡張させる動きに繋げていく事ができる
のではないであろうか。
二つ目の懸念事項は、シンギュラリティ(技術的特異点)である。シンギュ
ラリティは、人工知能(AI)が自分の能力を超える人工知能(AI)を自ら生み
出せるようになる時点を指す。自分より優秀なものが作れるようになったとき
に、人工知能(AI)は更に賢いものをつくり、圧倒的な超知能が生まれるとい
うものだ。Siri を開発したカーツワイル氏は、この事態を 2045年に迎えると
提唱した。人工知能(AI)は自己意識を持ち、人間を超える日が本当に来るの
か。人間の脳を模倣する全脳エミュレーションによるアプローチも考えられて
いるが、実現するには技術的な課題は大きいと考えられる。然しながら、人工
知能(AI)の技術的発達と共に、人工知能(AI)と共存する為の制度作りは必
要となるであろう。人工知能(AI)により生まれた著作権や特許は誰のものか、
人工知能(AI)が犯罪をおかした場合や、人間が意思決定を恣意的に誘導され
た場合、更に知能を持つとされた時には人工知能(AI)の人権等まで、新たに
考えていかないといけないのではないか。また、教育に関しても人工知能(AI)
を利用する側面だけでなく、人工知能(AI)によってもたらされる世界で生活
ができるような教育といったものも必要となってくるかもしれない。
アルファ碁の対局では、アルゴリズムがブラックボックスとなってしまう事
で人工知能(AI)が打った手の判断の原因を解析できず、更には理解ができな
い行動をとるといった場面があったという。自動運転は人間の生死に係る事か
ら、透明性やユーザー側から見た安心性確保等、一層配慮する必要があろう。
人間が人工知能(AI)にとって変わられるのではなく、自己の能力拡張を可能
とする為に人工知能(AI)を利用できるようになり、人工知能(AI)が人間の
可能性を広げ、更に高みの未知の領域に行く為の存在になってくれる事を期待
している。
今回その他のご意見として「人工知能(AI)は願望だ」といったご意見を頂
いた。纏めとして私見を述べると、確かに「願望」かも知れない。しかし、夢
を見る事は楽しく、夢をかなえる為進んでいける人間は素晴らしいと考える。
<成田 朗子>