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操作ボタンの統合で、リピーターを確保できるか?
(メルセデス・ベンツ、新型『Sクラス』に統合操作環境の新型「COMAND」採用)
BMW の「iDrive」のように車内装備をより少ないスイッチ数で利用可能とする。
<2005年06月21日号掲載記事>
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近年、自動車メーカー各社は、運転席周辺の統合型スイッチを進めている。独 BMW の「iDrive」を皮切りに、独 Audi、ホンダなどが手のひらサイズのロータリースイッチを使って、多機能操作を一つのボタンに集約するインタフェースを新型車などに搭載してきた。
今回の独メルセデス・ベンツの「COMAND」も、基本的には同じ流れである。これまでの競合他社の提案と大きく異なるのは、センターコンソール上のボタンの集約だけではなく、使用頻度が高いと想定されるカーナビ、電話等の機能をステアリング上の左右の十字キーに集約し、センターコンソール上のロータリースイッチで操作する使用頻度が低い機能と切り分けた点であろう。その他、携帯電話用のテンキー等は、アームレスト裏側に収納されているという。
自動車メーカー各社が、こうした統合型スイッチの採用を進める背景には、近年の自動車の電子化、多機能化がある。ステアリング、ペダル等、自動車教習所で教えられる運転に最低限必要な基本操作装置は基本的に変化していないが、カーナビ、オーディオ、エアコン等の付加機能の充実化・複雑化が進み、運転席周辺に配置されるスイッチや表示装置は溢れかえっている。これ以上増えても、ドライバーは運転に集中できないし、インテリアデザインを担当する開発者にとっても、品位あるデザインとの両立が難しい。特に、安全運転支援ということが大きなテーマになってくる今後の自動車業界において、ドライバーが運転に集中できる快適な操作環境の提供ということは重要なテーマとなっており、スイッチ統合は業界全体の大きな流れとなりつつある。
統合型スイッチには、操作の複雑化という大きな課題がある。複数の機能を一つのスイッチに統合するため、操作が複雑化することは避けられない。これまでは、初めて乗るドライバーでも、どこにスイッチがあるかがわかれば、スイッチを押すだけで解決したことが、統合型スイッチの採用により、スイッチ自体の位置はわかっても、その操作がわからない、ということになりかねない。
しかし、視点を変えると、これはメリットでもある。操作を覚えてしまうと、ドライバーは特に意識せずに操作することが可能になるものでもあり、ほとんどのユーザーが中長期的に同じ車を運転することを考慮すれば、操作性の向上に繋がるものとも言える。
こうした統合型スイッチが最も進んでいるのは携帯電話であろう。通話機能だけでなく、E-mail、インターネット、カメラ、スケジュール帳、住所録等の機能はほとんどの機種に搭載され、今や TV 受信機能まで搭載されているものもあり、その多機能化は留まるところを知らない。一方、端末自体の小型化ニーズが高く、ボタンの数も限られる一方で、一定規模の画面や他社と差別化するデザイン性も要求される。こうした中で、携帯電話機メーカー各社は、使い勝手の向上を考慮しながら、統合型スイッチの採用を進めてきた。
ほとんどの携帯電話には、テンキーや通話・通話停止以外に、各種機能の操作の中心となるメニューボタン等の多機能スイッチが搭載されている。購入当初は、各社独自の工夫を凝らしたユーザーインターフェースに従って付加機能を操作することになるが、使い慣れてくると、ショートカット機能やコマンド操作によって、メニューボタンからすぐに使いたい機能を呼び出すことができるようになる。
サイクルは多少異なるかもしれないが、携帯電話も自動車同様に買い替えが発生する。新型機種は、これまでのよりも高機能化されていることが多く、その操作はさらに複雑になる。すると、ユーザーは、特別なこだわりがない限り、基本操作やショートカット機能・コマンド機能等が既存機種を踏襲している同じブランドのものを選ぶことが多い。充電器やメモリーカード等のアクセサリも共通化されており、同じだったらこれまでの機種と同じメーカーの方が使い勝手が良いケースが多いからである。したがって、携帯電話機メーカーは、基本性能では他のメーカーと差別化ができなくても、操作性で差別化をし、メーカー毎にリピーターを確保することが可能といえる。
統合型スイッチの採用が自動車でも進むと、使い勝手は大きな差別化要因となりうるであろう。もっとも自動車は携帯電話以上に製品の自由度が高く、性能での差別化も可能である。しかし、ヒューマンインターフェイスで、他社にはない操作性を実現できれば、他の性能以上にユーザーにとっての大きな付加価値となり、一度ユーザーとなった消費者を買い替え時にも誘導することができるであろうし、こうしたリピーターを確実に確保していくことで、根強いファンを作り、ブランド力の向上を期待できるではなかろうか。
基本的に、クルマを選ぶ際、どんなクルマを選ぶかは、ユーザー各自の趣向によるところが大きい。単に走れば良いというだけであれば、1 百万円もあれば充分満足できる新車が買える。しかし、ユーザーは、サイズ、デザイン、走行性能、印象等なんらかのこだわりをもって、自分の求める付加価値を持つ高価なクルマを選んでいる。しかし、ほとんどの付加価値は、ユーザーの自己満足による選択であり、必然性を伴って選択していることはあまりない。しかし、操作性で大きく差別化できるのであれば、そのメーカー、ブランドの車種以外、運転しにくいので、そのメーカーを必然的に選択する可能性だってありえるのではないだろうか。
勿論、ヒューマンインターフェースの提案は、統合型スイッチだけに限らない。トヨタが 8月に発売を予定している新型レクサス GS では、使用頻度の低いスイッチをインパネ内に収納し、高級感のあるインテリアデザインを実現するという。自動車メーカー各社は、スイッチだけでなく、各種メーターやディスプレイについても、試行錯誤を繰り返しており、今後も新たな提案が出てくることが期待される。今後の自動車業界において、操作性がもたらす競争力というのが存在感をさらに増してくるのではなかろうか。
<本條 聡>