開発リードタイム短縮について

 

 今回は「開発リードタイム短縮について」と題して、7月 18日配信のメール
マガジンにおいてご回答をお願いしたアンケートの結果を踏まえてのレポート
です。

https://www.sc-abeam.com/sc/?p=8000

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【開発負担の増加】
 近年、電動化、connected、自動運転など開発テーマが多様化する中で、メー
カーの開発負担が増加している。日系乗用車 OEM7 社の 2017年度の研究開発予
算は、16年度と比べて約 7 %増え、過去最高の 2 兆 8500 億円になる見通し
である。ただ、売上高についていえば、1.1 %増の 65.6 兆円であり、業績の
伸びと比して高い割合を将来のための投資に回し、積極的な姿勢が現れている。

【アンケート結果:開発リードタイムに有効な方法】
 積極的な開発への投資について上述したが、開発費に大きなインパクトを与
えるのが、工数である。コンセプトを決めた後、要素技術を商品に仕上げてい
く過程をできるだけ短期間で効率よく行い、開発リードタイムを短縮すること
は、開発費削減にもなる。

 また、より早く、タイムリーに市場に商品を投入することが出来れば、先行
者利益を享受できる。先行している企業はその優位性を維持し、先行されてし
まった企業はその挽回を急ぐ。そのためにも開発リードタイムの短縮は必要な
のである。

 ここで、皆様に先日のアンケートで伺った「開発リードタイムに有効な方法」
の結果を確認してみたい。結果は以下のとおり。

1.モデルベース開発(MBD)、CAEの活用:62%
2.モジュール化:17%
3.3Dプリンタの活用:11%
4.AR/VRの活用:8%
5.その他:2% 

<モデルベース開発(MBD)、CAEの活用>
 62 %と過半数の票を得たが、これは各企業で過去長い年月をかけ、そして今
まさに取り組まれていることが背景としてあるのではないかと推測される。

 MBD は、車載制御システムとして開発したい機能をモデルとして定義し、そ
のモデルを用いて設計・検証を進めていくことである。近年、欧州メーカーを
中心に個々のシステムのみではなく、車両全体の開発まで MBD が適用されつつ
あり、実機が無くても車両一台分の ECU を同時にテストできる環境が整ってき
ている。一方で、日本の状況は、部分的な導入に留まっているのが現状と言わ
れている。

 CAE (Computer Aided Engineering)は、コンピュータ技術を活用して設計、
製造や工程設計の事前検討の支援を行う。また、強度や NVH (振動騒音)検討
など個人の作業の効率化に加え、レイアウト検討など周辺部品との調整が必要
な検討も、共通のデータを見ながらスムーズに実行することが出来る。

 これらの効果として、各自の検討及びすり合わせのための工数削減、実機の
試作回数を減らすことが可能となる。さらに、これまで見えていなかった物理
現象もコンピュータ上で把握でき、性能を向上させるための最適設計も可能に
なる。

 しかし一方で、実機試作の代替とするためには、実機と MBD、CAE の相関を
正確に把握するための、知見の蓄積が必要であり、一朝一夕にできるものでは
ない。

 また、効率化のデメリットとして、エンジニアの設計力低下を懸念する声も
ある。背景としては、これまで自分達で計算ロジックを作り、全てを把握した
状態でやってきていたものが、CAE などの IT 化により見えなくなること。製
造現場に足を運び、実物に触れる機会も減少し、図面と実物の関係を体感する
機会も減ってきていることがあげられる。

 そうした懸念を払拭するためには、検討データの蓄積、および、エンジニア
の基礎となる知識(ツールの背景にある物理現象の理解や、設計意図を実現す
る方法の表現など)を意図的に鍛えることが求められる。

<モジュール化>
 (モジュール化には、ASSY された状態でラインに納入し組み立てを容易にす
るというサプライチェーンの観点もあるが、ここでは、設計アーキテクチャー
としての観点で見てみたい。)

 自動車は、ご存知のとおり様々な部品が相互に作用しあうため、一部の設計
変更が様々な部品に影響を与える。そのため、機能のまとまりと、まとまりご
とのインターフェースを定義し、相互の影響範囲を明確化しておくことが有効
である。

 複数部品のまとまりレベルではなく、さらに大規模なモジュール化の動きと
しては、VW の MQB、トヨタの TNGA、日産の CMF、スバルの SGP と、プラット
フォームの共通化に各社取り組んでいる。

 将来の技術ロードマップを加味したうえで、共通化できる部分と、性能に影
響を与える可変部分とを見極めて大規模なモジュール化(アーキテクチャーの
再定義)を進めることは、大変な作業だ。しかし、グローバルなニーズに対応
していくためには、効率化と最適化のバランスを取る必要があり、各車両にと
って最適な設計を行いたくなる設計者のブレーキ役として、モジュール化は重
要な意味を持つと考えられる。

 「新技術のコアになる部分に多くの工数が掛かることは避けがたいため、コ
ア以外の部分は極力モジュール化して転用・流用できるようにすべき。」との
ご意見も頂いたとおり、コアとコア以外を見極める力が求められている。

<3Dプリンタ>
 開発段階において、試作のリードタイムはボトルネックの一つである。特に
鋳物やプレス品などは、型準備に数か月という長い期間を要する場合もある。
更に形状変更となると、型修正にさらに時間を要すことになってしまう。3D プ
リンタは、3D-CAD のデータをそのまま、もしくは簡単なデータ加工により試作
でき、形状変更にも柔軟に対応できるため、試作リードタイムを短縮する手法
として、有効な方法である。

 一方で、使用できる材料に制限があるなどの課題もあった。しかし最近では、
金属材料も対応可能となり、部品試作や小型部品の金型作成まで実現できるよ
うになっている。

 また開発のみならず、量産も 3D プリンタで行おうとしている企業も存在し
ている。例えば、米 Local Motors は 2015年に世界初の市販用 3D プリンタで
製造した自動車を発表した。また Divergent3D 社は、3D プリンタを用いた量
産車開発を行っている。年 1 万台規模の生産設備を備え、アルミ、チタン、樹
脂、カーボン、鉄などのマルチマテリアルに対応している。

<AR/VR>
 実際のユーザーや生産の作業者は人である。設計の結果が、彼らからどのよ
うに見えるのか、感じられるのか、早い段階で体感し評価することが、後工程
からの手戻りを減らすために重要である。

 その手法として、AR/VR の活用も進んできている。現状活用されている領域
は、生産準備段階における検討である。トヨタやホンダなどでは、実際にどう
作るか、組み立て時の作業者の姿勢や見え方はどうかを作業者と共にレビュー
し、作業者負荷や組立て性を評価する取組みが行われている。

【開発リードタイム短縮のアプローチ】
 それぞれの方法(ツール)について述べてきたが、ここで、リードタイム短
縮のために取り得るアプローチを狙い別に 4 つに分類し、上記の各方法を再度
整理してみたい。

(A)タスクそのものの短期化
[対応手法]:1.モデルベース開発(MBD)、CAE の活用/ 2.モジュール化
/ 3.3D プリンタの活用
[概要]:CAE を用いた強度計算などで、作業効率を向上。モジュール化によ
り、車種開発時の新規設計を減らし、開発作業を短期化。3D プリンタにより、
試作リードタイムを削減。

(B)反復作業の削減
[対応手法]:1.モデルベース開発(MBD)、CAE の活用
[概要]:実機での検証をシミュレーションで代替することにより、試作回数
を削減。

(C)フロントローディング
[対応手法]:1.モデルベース開発(MBD)、CAE の活用/ 4.AR/VR の活用
[概要]:MBD、CAE および、AR/VR を活用し、検討のできるだけ早い段階から
問題をつぶして設計品質を高める。(後ろの工程になればなるほど、解決のた
めの工数、コストがかかる。)

(D)タスクの分割、作業の並行化(コンカレントエンジニアリング)
[対応手法]:1.モデルベース開発(MBD)、CAEの活用
[概要]:IT 技術を活用して情報共有や共同作業を行い、複数のプロセスを同
時に進行。例えば、設計情報を生産技術者と共有することで、より作りやすい
構造にするための知見をフィードバックするなど。

 上記のとおり、「1.モデルベース開発(MBD)、CAE の活用」が、全てのア
プローチに効果があると考えられ、重要な手法であることがこの整理からも言
えるだろう。

【まとめ】
 開発リードタイムを短縮するためにどのようなアプローチ、方法をとりうる
のかについて整理してきた。ただ、これらはツールであり、上手く使いこなし
ていかなければ、競争力確保にはつながらない。同時に、人材の育成も行わな
ければならない。

 特に、MBD、CAE の活用については、作業の効率化が図られる一方で、エンジ
ニアとして備えておくべき知識もこれまでとは異なると考えられる。これまで
の知識に加え、高度な IT を活用しながらより複雑な課題を解決するスキルも
磨いていく必要があるだろう。

 将来的にはシミュレーションや AI により、人間が思いつかない最適形状を
作り出すことが出来る可能性もあり、既にそういった事例も出始めている。し
かし、IT を使いこなすスキルの根底にあるのは、結局はものづくりの原理・原
則であり、本質を追い続けることが、これからのエンジニアにも依然として求
められている。本質に迫る鋭さと粘り強さを持ったエンジニアが、今後も日本
のものづくりを支えていくことに期待したい。

<藤本 将司>